まいにちフランス語応用編9/18(金)
Leçon 46 Droit de monter à la Tribune
オランプ・ド・グージュ 『女性の権利宣言』:「演説台に上る権利」
<今日のテクスト>
La femme naît libre et demeure égale à
l’homme en droits.Les distinctions sociales
ne prévente être fondées que sur l’utilité
commune.
Nul ne doit être inquiété pour ses opinions
même fondamentales,la femme a le droit
de monter sur l’échafaud :elle doit avoir
également celui de monter à la Tribune;
pourvu que ses manifestations ne troublent
pas l’ordre public établi par la loi.
○和訳例
女性は自由に生まれ、かつ権利において男性と平等なものとして、生涯変わらずありつづける。
社会的な区別は、共同の利益に基づく時のみしか、設けることはできない。なんびとも自分の意見のために安寧を乱されてはならない。この意見が根本的であるときもそのことは変わらない。
女性は絞首台に上る権利を持っている。それと同時に、演説台に登壇する権利も持たねばならない。その意思表示が法で定められた公共秩序を壊乱しない限りは。
○語彙説明・構文のポイント
La femme naît libre et demeure égale à la l’homme en droit
la femme naît libre「女性は自由な存在として生まれる」
demeurer変わらずにあり続ける
égale à l’homme男性と平等である
en droitsさまざまな権利において
Les distinctions sociales ne peuvent être fondées que sur l’utilité commune.
les distinctions sociales「社会的な区別」。社会における男女間の差別を指す。具体的には、教育・職業・結婚・住居選択などの領域における区別のこと。
être fondées sur/fonder「~意基かせる」の受動態とsurで「~の上に設けられる」
ne ~que「~だけ」。制限を表す。
Nul ne doit être inquiété pour ses opinions même fondamentales,
nul不定代名詞。否定のneとともに「誰も~ない」。
être inquiété /inquiéterの受動態。現代では「(人)を不安にする、(人)に心配させる」という意味だが、古典語では「誰かの安寧を乱す、安らぎを奪う」。
pour ses opinions/pourは理由を提示する。
même fondamentales「根本的なものであっても」。ここでいう「根本的な意見」とは、社会や政治の基本的な仕組みに関する重要な見解を指す。グージュの条項の原型となった1789年の人権宣言第10条ではmême religieuses「宗教的なものであっても」であった。グージュはこの表現に意図的に変更しているため、ここでは和訳例のように訳し、表現の重要性を強調しておく。
la femme a le droit de monter sur l’échafaud:elle doit avoir également celui de monter à la Tribune:
la femmeから以後、最終文までは3つの説で構成された長い1文と捉える。最初の2文が主節で、それぞれ独立文。
avoir le droit de monter sur l’échafaud 「絞首台に上る権利を持つ」
devoir avoir le droit「権利を持たねばならない」
celui/le droitを指すので、de monter à la Tribune「議会の演説台に上る権利を」
「絞首台」と「議会の演説台」による対比表現。この表現の意図・効果については[Explication de texte]を参照。
pourvu que ses manifestations ne troublent pas l’ordre public établi pas la loi.
pourvu que接続語句。pourvu que+接続法で「~という条件で」。第2の主節を条件付けている。
ses manifestations/sesは「女性」を指す。この条件節全体は1789年の人権宣言の文言を踏襲するが、「今日のテクスト」の本『宣言」では女性の権利を主張する文脈において用いられている。
○Explication de texte
「女性の権利宣言」は、フランス革命期における政治的・社会的転換の重要な位置側面を照らす歴史的文書。
1791年9月フランス立憲議会は「人間と市民の権利宣言」を憲法に組み込んだ。そこで想定される「市民」から女性は実質的に除外された。オランプ・ド・グージュによる「女性と女性市民の権利宣言」(la Déclaration des droits de la femme et de la citoyenne)箱のような政治的排除に対する直接的な異議申し立てとして理解する必要がある。
巧みなレトリックが用いられている。1789年の人権宣言を意図的に模倣しながら、その主語をl’homme「人」からla femme「女性」に置き換えた。
人権宣言の「人は自由に生まれ、かつ権利において平等なものとしてあり続ける」という条文をグージュは女性という言葉に変えた。そうすることで人権宣言が主張している権利の普遍性が、実際には男女の性差の問題を隠蔽していること、そして人権宣言が示している人権の普遍性は事実上、男性のみに減退されているとして、宣言文の矛盾を明確に示した。
本日取り上げたテクストの後半部分は、巧みな対比‘antithèse )の修辞技法によって構成されている。monterという同一の動詞を用いながら、その向かう先をl’échafaud 「攻守代」とla Tribune「演説台」という2つの対照的な場所に変化させることで象徴的な効果を生み出している。処刑台は死と処罰の場であり、演説台は政治的発言と参加の場。
「法に基づく公共秩序(l’ordre public établi par la loi)」に触れた最後の文は。『人権宣言」をほぼそのまま踏襲しているが、グージュの文章は。新しく樹立した法の「秩序」の中にあった限界を問い直す効果を持っていた。女性、有色人種、無産階級の人々は、この「秩序」ノナの元に選挙権を与えられず、政治的権利を否定された。この「法」自体が特定の社会集団を排除する根拠ともなった。
グージュがジャコバン派による恐怖政治下で処刑されたのは1793年11月。国民公会議会で、一人の男性議員が次のような演説をしたその4日後だった。「女性は政治的権利を行使し、政治問題に積極的に参加することができるか。いや、できまい」。こうした差別的見解に、グージュは文字通り命をかけて抵抗し続けた。作家、思想家としてのグージュに対する、真の歴史的な再評価が始まったのは、20世紀最後の4半世紀を過ぎてからだった。
○Lecture expressive
逆説を訴える
フランス革命期に女性の政治的平等を主張したこの宣言的テクストの朗読には、その論理的な組み立てを浮かび上がらせる発声法が必要。それを踏まえて、テクストの方はんを朗読する。
リズムグループの最後に置く第1アクセントを、inquiéTÉ, opiNIONs, FOndamenTALes,échaFAUD,triBUNeに置きます。いずれの語もこのテクストのキーワードです。そして、強調アクセントをNULとDROItなどに置き、権利が万人のものであることを強調します。
FONdamenTAlesのあとと、à la triBUNeの前にポーズを置きましょう。
これは重要なポーズで、これによって、当時の時代の逆説が理解できるようになります。
女性は死刑判決を受ける可能性があるのに、しかし議会で発言する権利は持っていませんでした。つまり方の前では責任ある存在として扱われるのに、市民として扱われていなかったということです。著者が告発しているのは、このような矛盾なのです。
NUL ne DOIt‿ être inquiéTÉ/
pour ses‿ opiNIONs/
MÊMe FONdamenTALes,[pause]
la femme a le DROIt de monter sur l’échaFAUd ;//
elle doit‿avoir également celui de monter
[pause]à la triBUNe://
🛜グージュは1793年11月にジャコバン党による恐怖政治下で処刑されました。
「どうして処刑台への道を歩んだの?」「恋はしたの?」と聞きたくなります。
約200年後の1970年代になってからグージュは評価されはじめました。
日本で、女性の権利を主張した平塚雷鳥、伊藤野枝はエレン・ケイ、エマ・ゴールドマンの影響を受けました。伊藤野枝は関東大震災の直後夫の大杉栄とともに惨殺されています。
ロバート・レッドフォードの映画だったか「レッズ」にエマ・ゴールドマンが出ていました。彼女は無政府主義者でしたが。あの映画も印象に残っています。インタヴュー形式でロシア革命を目撃した人々の回想から始まります。
グージュの「権利宣言」を検索しましたが、まず、奴隷の権利、解放を訴えたディドロの”Où est-il?”(彼はどこにいるのか?)と、これから現れるであろう黒人奴隷解放運動の指導者に呼びかけ、そして現実にその言葉に立ち上がったハイチ革命の指導者について読みます。(「ハイチ革命の世界史」岩波新書)
読書が苦手で本を読むのがとても遅いのでちょっと心配。
Où est-il?この震えるような言葉を発したディドロは、のちにロシアの専制君主、女帝エカテリーナの庇護を受けています。疑問の残るツッコミどころ満載の人生を歩んでいます。エルミタージュ美術館の基礎は彼の蒐集が元になっています。