GWに、 霊山 と並ぶ北畠一族の拠点となった 宇津峰城 を訪問したものの入り口で断念したことをアップしました。
そこでお盆休みの8月15日、改めて時間をとって宇津峰へ。前日霊山を歩き、つづいてこの宇津峰。
8月15日の朝、八時半。3か月前に見た景色が蘇る。県道233号線の最果て。
南北朝の籠城戦で、ここの清水が籠城側に使用されていたのです。
千早城でも楠木正成が枯れることのない清水を利用していたのを思い出しますね。
福島王朝(勝手に命名)の総帥となった守永親王という人物は南北朝時代の研究書にも名前が出てきませんが、尊良親王の皇子だといわれているようです。
さて、登山口へ。
急勾配です。GWにはここを時間短縮のために駆け上がろうとしましたが、やはり簡単な登山でも急ぐのは体力を消耗しすぎる。
この日は時間があるのでゆっくりと。
10分ほどで広場に出ました。木陰広場というのだそうです。
山道はさらに急になっていく。
手すりにつかまりないと足を滑らせてしまいそう。木が生えているため道も狭くて登りにくい。
もはや道などなく、この岩の上を登っていくしかない。
そうこうしているうちに頂上の神社が見えました。
登り始めてから20分のことでした。なんだ意外に簡単に登れたわ。
頂上からの景色です。――つづく