威勢のいい掛け声や賑わいが満ちる朝や昼の築地のイメージとはかけ離れて、
夜の築地は、明かりも少なく驚くほどひっそりしている。
ちょっと立ち寄ってみた場外市場も、ほんのわずかのお店が開いている以外は、
全体が闇に包まれ、水を打ったように静かだ。
そんな築地市場から夜のお散歩気分で、やはり閉門して沈黙しているかのような
築地本願寺の前を通りすぎ、広いもんぜき通りを渡った後、裏路地に入る。
車の往来からも解放されて、
見上げると、まあるい月が明るく輝いて見えた。
中秋の夜気は徘徊には心地良い涼しさで、歩くのが苦にならない。
ほどなくして、そのBARは見つかった。
かつて料亭だった建物をうまく生かしている小粋な佇まい。
表は塀で覆われているが、入り口付近だけ四角く切り取られて
美しい店内が垣間見れるようになっている。
繁華街の夜の喧騒とは別世界のここは、築地5丁目。
静かな路地裏で、古風な建物の内側に煌めいている幻惑的な光に
心奪われずに通りすぎることができるだろうか。
幸いにして、ここはまさに私の今夜の目的地。
躊躇することなく店内に足を運べるのだ。
とはいえ、初めての訪問なのだけれど……。
店内は、すでに高揚した私でも期待以上の魅惑的な空間だった。
もともとの和の建築美と洋風インテリアが見事に融合。
落ち着いた雰囲気の中にも、まばゆいシャンデリアが妖しく光っている。
中央にはゴージャスなフラワーアレンジメントが、
グランドピアノの上にダイナミックに飾られ、華やかさをいっそう演出している。
そして、お店の目玉のひとつは、この中央に置かれたグランドピアノ。
ここは、ピアノの生演奏が聴けるBARでもあるのだ。
インテリアの美しさやお酒だけではなく、音でも客を酔わせてくれる。
演奏はリクエストも受け付けてくれるのだ。
このムードの中でお気に入りの曲に耳を傾けられるとは、なんという至福。
お店のスタッフも気取りがなく気安くいられるので、ついつい長居してしまいそうだ。
こんなに素敵なBARだが、実は私のような女性客が気軽に入れるのは
土曜日の夜だけ。
なぜならここは普段は、ホステスさんが接待をする男性客メインのお店だから。
聞けば平日は接待で大繁盛の模様。
企業がお休みの土曜日1日だけ、ジャズピアノの生演奏と共に、
全く別の空間へと生まれ変わる。
土曜日だからこそ、このしっとり落ち着いた雰囲気が味わえると言えそうだ。
ここまで読んでいただけると、このお店の名前を知りたくなるに違いない。
しかし、店名は実はすでに登場しています。
BAR、ただそれがお店の名前。
ジャズピアノの音色と共に、秋は深まっていく……。
I LOVE TOKYO
(2017年10月15日)