どこまでもドア


何か不祥事がおきたとき、「責任者を出せ!」とばかりに責任者探しを始める。しかし責任のある人間は言い訳に徹し、自分に責任はない、と言い張る。


自分の誤りを認めるのは並大抵のことではない。

自分に責任があったと誤りを認めること、それは潔いことだと思う。


だが実際は責任者を責め立てることに終始して、

「何故誤りが起こったのか?二度と繰り返さないにはどうしたらいいか?」が抜け落ちているように思う。


こんな現状では誤りを認める気になれまい。



「どうしよう…」を「こうしよう!」に改める。そうするだけでも迷いが吹き飛ぶ。