なぜ書くのか パレスチナ、セネガル、南部を歩く
タナハシ・コーツ(池田年穂訳)
新聞書評より。
最初、全然頭に入ってこなくて、自分には難しすぎるのかと思った。
賞も受賞する、有名で実力あるライターらしく文章が秀逸すぎるというかかっこいいってのもあって、何が言いたいのかが最初はうまく掴めなかった。
でも読み進んでいくうちに慣れてきて、特に中盤からはパレスチナとイスラエルの話だったのもあるかな。
タイムリーだし、やっぱり浅くでも一度はじっくり調べるなり何か読みたいと思ってた。
今、この本で十分だったなと思う。
まぁ、もう少し勉強深めてももちろんいいけどさ。
この人も誤りをおかしたって言ってるけどさ、複雑だよね。
悲劇的なジェノサイドを体験して差別されてきた側が、今ものすごく残酷なこと、あろうことかジェノサイドと差別をしてるってことが複雑にしてる。
誰もが知る彼らの過去が、なんか言いづらい雰囲気をずっと作ってきたと思う、でももう沈黙を破らなきゃ。この人みたいに。
イスラエルのしていることは、本当に残酷。
自分たちのされてきたことをまさしくしているという、暗い気持ちにさせられるこの現実。
絶望ばかりを感じてしまう事柄はこの世に溢れてる。
簡単にこの世界はもうダメだと思えてしまいそう。
でも、こうやってすこーしでも光を感じさせてくれる人もいるんだよね。
単純に、アメリカにもこんな人がいるんだという事実。賢くて、内省的で、知的なすごい文章を書く人。
なおかつ、立ち止まったり、反省したり、そして人としての良心のちゃんとある人。
それだけで、私はほんのりと嬉しいよ。
もちろん、知的なアメリカ人がそれはそれはいっぱいいるのも分かっているけど。
そうやって1人でも知っていったりすることで、ささやかに幸せ感じたりして、日々を生きていかなきゃやってられない世界だ。
パレスチナの人にも、ささやかでも幸せな一瞬がありますように。