Luciferのブログ

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はじめまして、Luciferです。 いびつな愛の行方について。

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初めまして。書き手のLuciferです。
『ミカエルの翼』はオリジナルBL(官能)小説です。

《……僕の考えかたによればポルノグラフィの一つや二つ立派に書いてのけるだけの能力のない奴は、一流の詩人、芸術家とは言えない。
こういう種類の仕事、つまりポルノグラフィは、サロンで公に評価される性質のものではないから、公にコピーされ、流布されることがない。が、それだけにまた、選ばれた読者、孤独な精神たちに求められ、思想の交換がおこなわれてきた。
むろん、ポルノグラフィなら、どれもこれも結構である、そんな話をしているのではない。
ほとんどたいていのポルノグラフィはガラクタであって、かえりみるだけの価値はない。

しかしなぜ、古来一流の詩人、芸術家がポルノグラフィを書いてのけたか(描いた)秘密にであれ、公然とであれ。
理由は単純明快なので、つまりそれが人間自然の本性に根ざしていて、そして芸術家に、モラリストの気質があればあるほど、ポルノグラフィに深い関心をもつことになる。

モラリスト、つまり人生探究家であればあるほど、である。

澤村光博》

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Lucifer




そうした嫌悪の渦中におりながら、沢村は沙知にお茶を淹れさせ、運ばせたりするのである。
夫婦とはいったいなんだろう。誠実さがあっても無くても、共に住み、寝て、飯を食う。
生きることに、こんなに忠実になれるなんて…
夫婦は日々の習慣の中で形となる。
怖いことだ。
『ありがとう』
沢村は柔和な笑みを絶やさなかった。沙知も同様だ。二人は二人にしか分からない、そうした眼差しの中で息をする。
盆を受け取り、沢村は目を止めた。
沙知が右手に布巾を持っている。茶が溢れでもしたら拭こうと思っていたに違いない。が、沢村はそれを受け取らなかった。
毎日、シミひとつなく洗う布巾であって、決して汚いとは思わない。しかし、沙知が触れた物を、近頃の沢村は触れぬよう避けている。
咄嗟に出た行為は侮れない。先ほども、身体が沙知を避けていた。
寝床も、いつか別にしなければと悩みの種であった。まず、彼女自身の匂いそのものが耐え難いのだ。
髪の匂い、肌の匂い、化粧の下地クリーム、口紅の匂い。
体温がこもった際に起こる、服地の匂いも駄目だった。
あらゆる芳香が沢村を襲ってやまず、それは脅威に他ならなかった。

『…ぼうっとしてるみたい』
淳哉の黒目が沢村を見据えている。
これも、沢村にとっては恐ろしいものの一つだが、淳哉のはただの威嚇に過ぎない。
品の良い、薄い唇が歪むと幼い犬歯が覗く。
そんな子供が大人の沢村に楯突くのだから笑ってしまえばそれまでである。
どうとでも扱える、こうした侮りの側面が沢村にはあったのだ。淳哉の突飛な、沢村の予想を遥かに飛び越えがちなスタイルにも、慣れてきた矢先であった。
それにしても——
今日はなんて暖かな日なのだろう。
今朝の肌寒さが嘘のようだ。
梅雨明けは間近なんだろうか。窓から差す木漏れ日は初夏の匂いが立ち込めている。
斑らな陽は樹々の隙間を縫って、部屋中を転がるように照らしている。
沢村はそれを目で追いながら、あらためて自身の裡側を覗くのだった。
淳哉の言うような—— そんなつもりは毛頭なくて、むしろ、こうした訪問は沢村の心を明るくした。
今日は素晴らしい一日になりそうだと。欲しかった書籍も手に入ったし…、むしろ、気持ちは弾みかけていた。
『聞くのに集中してるんだよ』
『嘘』
沢村は笑った。確かにそうだった。半分も聞いていなかった。
淳哉は沢村に腹を立てた。眉を顰めて茶器をぞんざいに扱った。
『絶対に嘘…』
淳哉は相変わらず威張っている。傲慢不遜、そのものだった。
しかし、それが無礼にならない為には互いの信頼関係が必須だ。
少なくとも、沢村と淳哉は、じゅうぶんに対話を重ねている。多感な少年が持つ不安定さや、一方的と見えがちな意見に際して拒否があって当然だ。無論、沢村は淳哉の何をも許した。否しもしないし…、いわば全きの容れ物になるつもりでいるのだ。
それにしても、絶対だの、必ずだの…、『きっと、ね?』これも淳哉のお得意のワードである。
強いられるのも悪くはないが、誰彼かまわず使ってはならない。縛りの強い表現であるのだし、強調は誤解を招きかねない。
だから…、あの事件が起きたのだ。一分の輩にとって、君は好餌になりやすい。撒き散らすだけ撒き散らして、回収不能に陥るのは目に見えている。
『先生?』
沢村は冷えた紅茶に目を落とし、『聞いてるよ…』こう答えた。
なんて気のない返答だろう。
沢村はまた嘘をついた
今度こそ、淳哉は本気で怒るだろう。
『約束は明日だったのに、今日、突然来たのはどうして?時間も…、予定より早い気がする』
沢村は疑問をそのまま言ってのけると、壁の時計を見た。高校の終業時間は4時近くだろうと踏んでいたが、淳哉の来訪は1時間余りも早い。
『先生って…、電話の時と別人みたい』
淳哉はソファの背凭れにのけぞり、天井に点在する陽の群れを見ながら言った。
『暑い』
淳哉は制服のタイを緩めた。沢村は立ち上がると窓を全開した。
『別人?』
『そう。電話してる時のほうが分かりやすい。何故かは説明できないけど…、』
淳哉は立ち上がり、大きく伸びをした。
『そういう質問は早くにしなくちゃ…、まさか、ずっと考えてたの?』
『いや、別に…、そういうわけじゃないけども』
瞬間的に閃いただけであり、気まずさを取り繕う為の言葉選びに過ぎなかった。
『まさか——』
『まさかって?』
淳哉は笑った。
『サボったの、とか言って欲しい?』
『いいさ、サボっても』
沢村はテーブルに盛ってある、オレンジを掴むと淳哉に放った。
『いいの?』
『…ここに来ればいいさ。そのかわり、必ず僕に連絡すること。今日みたいに居ないこともあるんだ。そうしたら君は…、』
『教会の玄関で待ちぼうけだね…』
淳哉はオレンジを沢村に投げた。
『甘いな。僕の予想はね…、君は待てないと思う。』
沢村は執務机の薄い抽斗からペディナイフを掴むと、オレンジを器用に剥いた。
『今日だってたまたま沙知がいたから…』
『奥さん…、沙知っていうの?』
沢村は手を止めた。
『そう。言わなかった?』
淳哉は肩をすくめた。元より興味関心があるようにも見えない。又、沢村も初見の際、改まった紹介をしたかどうかも疑わしいのだ。
そういえば、先ほど、淳哉は沙知と何を話していたのだろう。
『"沙知さん"…、』
『そう。もう、来週あたりから仕事に行くそうだから、居ないことが多くなると思う』
沢村は銀皿を出すと、切ったオレンジを並べた。
『綺麗…』
『昔取った杵柄ってやつかな』
淳哉が立ち上がり、沢村の側に寄ってきた。皿を渡し、座って食べるよう促したが、淳哉は皿を持ったまま、沢村の顔を覗きこんだ。
『僕、本当は明日来ようとしたんだけど…、急に来ちゃってごめんなさい』
淳哉はオレンジを一切れ口に入れ、『甘い…』こう言って微笑を漏らした。
『別に、いつ来てもかまわないよ。淳哉くんならいつでも大歓迎…、』沢村はシャツの袖を捲りながら、もう一つ、オレンジを選った。
『他の子は?たまに…、ここに来る?』
『淳哉君は…、それが気になるの?』
淳哉は沢村の手元を見ながら頷いた。
『面談は約束したら一人。ご心配なさらず。さぁ、召し上がれ…』
淳哉はホッとした様子を見せた。

本来であれば…、ルール違反となるのだろうか。
未成年者と面接する場合、少なくとも保護者の同意が必須である。同伴も…、あったほうが賢明だ。
淳哉の場合は、例外としか言いようがない。まず、知人、公堯の息子であり、彼は承知の上であった。沢村には全幅の信頼を寄せており、淳哉の素行問題に関して—— 彼は(悪く言ってしまえば)放棄したようなものだった。
父親であるのに…、公堯は完全にこの件から手を引いていた。そして、まるで使い物にならない、フリーズしたスマホのようだった。
そんな場合は再起動するしかない。しかし、再起動しても型が古くてはどうにもならないのだった。
『公堯さんは承知だね?』
念の為、確認をとっておく。ちょっと狡いような気もするが—— 
『知らないと思う』
そうだろうと理解していても聞いたのだから、淳哉の返答は沢村の想定内である。
淳哉は早々にオレンジを食べ終えると、皿を沢村に返した。
『沙知さんも——』
『沙知?』
『そう。彼女も聞いた。何遍も。ここに来ることをお父さんは知ってるのかって…』
淳哉は折り目の正しいハンカチで指を拭いた。
『僕は、迷惑?』
『え?』
不意を突かれた沢村はたじろいだ。
『ここに来るのに、一々、父にことわりを入れなきゃダメ?』
又しても沢村は、淳哉の問いにyesかnoで応じねばならなかった。
淳哉の一手は潔い。
沢村はあらぬほうに目を泳がして、片手に持った皿に目を落とした。
『…僕の居場所を知らせなくったって、今どきはスマホの位置情報でどこに居るのかわかる。といっても、そんなアプリ、僕の同意無しに入れさせたりしないけど…』
淳哉は沙知にも言ったに違いない。柔らかい批難にあふれた目を沢村に向けていた。
『先生も沙知さんも…、僕が怖いんだね』
『そんなことはないよ…』
『あんな事件を起こしたし…、噂にでもなったら、先生が困る』
『僕は何にも困らない。でも、淳哉君は今日…、多分だよ?これはあくまでも僕の臆測だけれども…、6時限目をサボってここに来ている。当然、家の人はまだ、君が学校に居ると思ってる…』
何事もなく無事に一日が終わればいいけれど、決してそうは言い切れない。
『もしも何かあったら…、』
沢村は淳哉相手に噛んで含むように言って聞かすのだった。そうする内に何故か—— 沢村は淳哉の手を取り、包むように握っていたのだった。