セッションのリーディング703 脳を正常に再構築し、活性化する + アセンションした神龍
ルキアス・アセンションクラブでは、セッションを受けて頂くと、その間に見えたことをリーディングとしてお伝えしております。最初は失敗した人生を見せられることが多いです。それが今の人生に大きく 影響しています。ルキアスのセッションを受ける事で書き換えが起こります。その変化もリーディングとして、お伝えしております。その一例をご紹介します。(Iさん)「脳を正常に再構築し、活性化する + アセンションした神龍」山深い場所に、神の里と呼ばれている集落があった。何故そう呼ばれているのか誰にも分からないが、昔からの呼び名が慣習的に残っているよう。地理的に他の地域の者がなかなか訪れることのできない場所ではあるため、憧憬が加味されているのかもしれない。そこに一本の立派な古樹があった。その桜(厳密には違うと思うけれど、ここでは桜とします)はIさんの祖父が手入れをしていた。手入れといっても、枝振りは樹の自由にさせていたので、剪定などはしたことがない。幹の途中から、真上ではなく右側へ向かって伸びていて、横の広がりの大きな樹だった。Iさんは小さな頃からこの桜の樹が好きだった。両親の居ないIさんの、育ての親だった祖父の寿命が尽きた時、Iさんが桜の手入れを受け継いだ。この横に広がる桜の姿も好きだけれど、別の姿も見てみたい。天に向かって真っ直ぐ伸びてゆく姿は、もっと神々しいに違いないと夢想する。そこで、幹が横に向かい始めた手前で切った。そこから再び真っ直ぐ成長することを期待して。観察していると、幹はなかなか成長しないけれど、横枝はどんどん伸びてゆき、葉がモリモリと茂る。思っていたのと違うとガッカリしたIさんは、横枝を切り落とした。これなら幹の成長に栄養が使われるはず。しばらくすると桜は再び若葉に覆われる。ムリに枝葉を切り落としたせいか、枝のない幹から直接葉が生えている。幹から生えた葉で覆い尽くされる桜の樹。切ったところからほぼ成長していない幹が、葉に覆われている。ツタなど他の植物の葉や蔓ではなく、桜自身の葉で幹が覆われた姿。それは何か得体のしれない生き物のよう。大好きだった樹はどこへいってしまったのだろう。こんな風にしたかったのでは決してない。神々しい姿を夢見ただけなのに。なにがいけなかったのだろう?これからどうしたらいい??ただただずっと頭を抱え思い悩んでいる。強いのは「こんなはずではなかった」という想い。悪気は一つもなかった。自分の理想の樹を見たかっただけ。好きだったもの(桜)への思い入れが強過ぎて、自分の手によってそれが変わり果てたことの衝撃があまりに大きかった。自分の願いを前面に出すと、「こんなはすではなかった」結果になる という経験が影響を強くしている。エネルギーを受けての変化・自分以外(相手)を自分の理想に近づけようとするのは難しい。そこにはその相手の意志が存在するから。・自分以外に対して抱いた願いが望まぬ結果になることと、自分に対して持つ願い(こうなりたい、こうありたい等)が望まぬ結果になるかもしれないこととは、仕組みはイコールではない。Iさんはここが同列になってしまっていた。良い意味で、人は人、自分は自分の捉え方を定着させましょう。他の人(例え近しい間柄でも)を自分の願い通りにコントロールしようとすれば、うまくいかないのは明らかなこと。それはもうご自身でも充分理解していること。だからといって、自分自身に対する願いや希望もうまくいかないとは考えないで。(人は人、自分は自分)Iさんの場合、願ってはダメだと思う潜在意識が働いていたのでしょう。その原因は前述のビジョン。エネルギーによる変化を受けて、桜の樹がどうなったかをみると、幹や枝を切られることなく、自然のままの姿で存在している。樹の下で、Iさんと伴侶が腰を下ろし、走り回る2人の子どもを穏やかに見つめている。「こんなはずではなかった」を引き起こさなかった世界。Iさんの思考のクセのもとは解消されています。ご自身のなりたい姿を思い描いても大丈夫です。楽しんでOK。幸せを感じることに罪悪感は要りません。ただ感謝すればいいのです。――「人は人、自分は自分」は、人と比べて自分を卑下したり、人を羨んだりすることを窘めるとき使われやすいですが、Iさんにとってはそれ以外に、苦境に居る人をみて「だから自分も幸せではいけない」というような考えになってしまうところがあったようです。そこも「人は人、自分は自分」で考えられると、自分のなりたい未来が近づきます。幸福によってエネルギー充分な自分であれば、苦しい人の助けになることもできるでしょう――担当:潮音