極妻をきどった幸子おばさん、実父の通夜で何様お客様?
着物の喪服に真珠のネックレス。びっくりしたけど
もしかしたら、通夜のあとの、親戚たちへのふるまいに
すぐに着替える必要があるから?と好意的に解釈。
しかし・・・喪主の妻、長年義父を面倒見続けた叔母が
通夜ふるまいのため、着替えても
幸子おばさんはそのまま。
てきぱき弔問客をもてなす叔母を手伝うそぶりもみせず、
ただ親戚と世間話をするだけ。
そして、実父の通夜なのに、「店があるから」と帰る。
いや、私も仕事は抜け出せない。
私の父も実母の通夜を抜け出し、朝の配達をしてから
また100キロ離れた葬儀会場に戻ったりした。
しかし、すでに通夜で店は閉めている。
これから開店するっていうはなしでもない。
だったら、なんのための真珠のネックレス?
翌日の葬儀、
火葬が終わり、骨上げ式。
係の人が案内し、喪主から順番に近親者が骨拾いをする。
確かに実の子である、幸子おばさんは喪主の次かもしれない。
しかし、その後なんどか当たり前のように
(今もってよくわからないのだが、大事な骨は親族?)
何度も「次はご家族の・・」という係の声に
ためらいもなく前に進みでる。
入院していた母のかわりとして、叔母が
私に前に出るよう声をかけたくらいだ。
そしてずっと40年面倒をみて、最後まで看病した叔母には
「家族として優先される骨拾い」をさせなかった。
異常に思えた。長男の嫁は、
長年実の娘以上に三食のご飯を用意し、
おしめをかえ、介添えし、苦労してきたのに
まだ「他人」扱いか。
誰も葬儀の席で、おかしい、とは言えないまま、骨拾いは終わった。
その後の精進落としの場で、
「東京からきた姪(私のこと)」とことさら親密さをアピールする
幸子おばさんの態度にむかついていた。
幸子おばさんの娘、私のいとこも、いわゆるヤンキーなものの言い方で
必要のないライバル心をムキだしにしてくる。
叔母が会場に戻ってきた際、
集まっている人たちの前で、手をつき頭を畳みにつけて、
「本当にお世話になりました。叔母さんのおかげで
じいちゃんはほんと大往生できました」と言った。
親戚女性陣から、「そうだよ、このおばさんに頭あがらないよ
なんぼ頭下げても足りないよ」と援軍の声。
私「そうだよね」また頭を下げた。
叔母がちょっと涙して、
「いや、私のころは長男の嫁が面倒みるのは当たり前のことだから」
幸子おばさんにはそのあと特にはなしかけもしなかったけど
言い訳がましく「私がんばってるから、あんたにまけないように」という。
何を勝負しているつもりだ、姪っ子と。くさいよそのセリフ。
おまけに今入院している私の母の精神病を
葬儀を終えたばかりの実父のせいにした。
「あんな父だから、あんたの母さんはああなった。母さんは小さいころ
すごい苦労したから」
さすがにそれはキレて
「いや、戦後にそんな苦労は特別のことではない。
子供のころ厳しいのは当たり前で、
じいちゃんのせいで
病気になったわけではない。
じいちゃんにずっと金銭的も助けてもらってありがたいと思ってるよ」
実父の葬儀で何を言うんだこの娘。
それについては、言い訳がましいごまかし笑いで返した幸子おばさん。
四十九日の法要の席そして遺産分けへと続く。
着物の喪服に真珠のネックレス。びっくりしたけど
もしかしたら、通夜のあとの、親戚たちへのふるまいに
すぐに着替える必要があるから?と好意的に解釈。
しかし・・・喪主の妻、長年義父を面倒見続けた叔母が
通夜ふるまいのため、着替えても
幸子おばさんはそのまま。
てきぱき弔問客をもてなす叔母を手伝うそぶりもみせず、
ただ親戚と世間話をするだけ。
そして、実父の通夜なのに、「店があるから」と帰る。
いや、私も仕事は抜け出せない。
私の父も実母の通夜を抜け出し、朝の配達をしてから
また100キロ離れた葬儀会場に戻ったりした。
しかし、すでに通夜で店は閉めている。
これから開店するっていうはなしでもない。
だったら、なんのための真珠のネックレス?
翌日の葬儀、
火葬が終わり、骨上げ式。
係の人が案内し、喪主から順番に近親者が骨拾いをする。
確かに実の子である、幸子おばさんは喪主の次かもしれない。
しかし、その後なんどか当たり前のように
(今もってよくわからないのだが、大事な骨は親族?)
何度も「次はご家族の・・」という係の声に
ためらいもなく前に進みでる。
入院していた母のかわりとして、叔母が
私に前に出るよう声をかけたくらいだ。
そしてずっと40年面倒をみて、最後まで看病した叔母には
「家族として優先される骨拾い」をさせなかった。
異常に思えた。長男の嫁は、
長年実の娘以上に三食のご飯を用意し、
おしめをかえ、介添えし、苦労してきたのに
まだ「他人」扱いか。
誰も葬儀の席で、おかしい、とは言えないまま、骨拾いは終わった。
その後の精進落としの場で、
「東京からきた姪(私のこと)」とことさら親密さをアピールする
幸子おばさんの態度にむかついていた。
幸子おばさんの娘、私のいとこも、いわゆるヤンキーなものの言い方で
必要のないライバル心をムキだしにしてくる。
叔母が会場に戻ってきた際、
集まっている人たちの前で、手をつき頭を畳みにつけて、
「本当にお世話になりました。叔母さんのおかげで
じいちゃんはほんと大往生できました」と言った。
親戚女性陣から、「そうだよ、このおばさんに頭あがらないよ
なんぼ頭下げても足りないよ」と援軍の声。
私「そうだよね」また頭を下げた。
叔母がちょっと涙して、
「いや、私のころは長男の嫁が面倒みるのは当たり前のことだから」
幸子おばさんにはそのあと特にはなしかけもしなかったけど
言い訳がましく「私がんばってるから、あんたにまけないように」という。
何を勝負しているつもりだ、姪っ子と。くさいよそのセリフ。
おまけに今入院している私の母の精神病を
葬儀を終えたばかりの実父のせいにした。
「あんな父だから、あんたの母さんはああなった。母さんは小さいころ
すごい苦労したから」
さすがにそれはキレて
「いや、戦後にそんな苦労は特別のことではない。
子供のころ厳しいのは当たり前で、
じいちゃんのせいで
病気になったわけではない。
じいちゃんにずっと金銭的も助けてもらってありがたいと思ってるよ」
実父の葬儀で何を言うんだこの娘。
それについては、言い訳がましいごまかし笑いで返した幸子おばさん。
四十九日の法要の席そして遺産分けへと続く。