祖父の四十九日の法要も無事すみ、翌日に
祖父の実子四人の遺産分けについて
長男である叔父から話がされることになった。

実子のひとり、私の母はうつ病で入院中。
なので私が名代として出席することに。
前日、叔父夫婦、その長男(私のいとこ)と
事前打ち合わせを行った。
なぜそんなことが必要かというと、
幸子おばさんがなんていうかわからないから、だそうだ。
事前にプランを聞いて驚いた。
祖父は農家出身で、その後も工場で働いたり土方をしてきた。
だから公務員やサラリーマンや自営業の社長よりも
年金は少なく、貯金なんて、自身の葬式代などを残してる程度だと
思っていた。
しかし、叔父夫婦が祖父の年金に手をつけることなく
祖父の面倒をみたらしい。
存外に現金が残されていた。
優しすぎる叔父よりも、長男の方がしっかりしているので
遺産分けの席でも彼から配分を説明することになった。
たしかにその方がいい。
長男の叔父は祖父と暮らした家を隣接する古アパート。
残された現金を三人の姉妹にほぼ等分して渡す、ということに。
しかし、ここで、もう一つのプランが示される。
幸子おばさんが事前に電話してきて、自分の娘にもくれるのか、と
言ってきたらしい。
普通に考えたら、孫にも等分する、ということになれば、
幸子おばさんのところは、ひとり娘だ。
他は二人ずつ孫がいる。
本当は実子の姉妹三人だけでわけた方が取り分は多くなるはずだけど
欲の皮だけはつっぱっていても、計算はできないらしい。
優しすぎる叔父夫婦を制するかたちで
いとこと私は、だったらその向こうが言ってきた要求をのむ形で
わけよう、そう決めた。

そこで気になったのは実の娘以上に献身的な面倒を40年も続けた叔母。
本人も笑って「いやぁホントは少しはもらえるとおもっていたよ。
でも法律ではもらえないんだってさ」
私「でも寄与率とかあるでしょ」
どうも祖父自身が遺言で残していないため、難しいらしい。
またそれを持ち出すと、紛糾するのが想像に難くない。
叔母の名前の通帳も残されていた、
それくらいは私たちにいわずに、隠しておけばわからないのに、
なんで全部通帳を出すの?とまで言ったけど、
あまりに叔父の家族が清廉潔白すぎて、
最後は私の方が押し切られた形になった。

翌日、叔母は、その席にいては話しづらいでしょう、と出かけた。
入れ替わりに幸子おばさんは、呼んでいない娘を連れてきた。
娘の態度は笑顔もなく、まるで納得のいかない遺産の分け方だったら
母の援軍をするぞ!とすごんでいる顔だった。
いやぁ、最初くらいは愛想笑いしろよ。
その娘の異様な態度に、普段仲の良かった親戚に
緊張感が走る。

つづく