前々から気になっていた
こちらの本を読みました。
母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き
さよなら、お母さん 墓守娘が決断する時
信田 さよ子 著 春秋社
いわゆる毒親などの母娘問題は
ジェンダーによる男女の非対称さが
関係しているのではと思っていたのですが、
色々それについて書かれていました。
「母親の育て方が悪い」「母親の責任」
などの言説を
世間やメディア、親類や夫から
日々浴びているので
子供の問題=自分の問題
となりやすかったり
他の先進諸国と比べて
おそろしく女性が不利な社会なため
子育てやケア活動が
存在価値を認められる手段に
なりがちだったり
社会的劣位の性による
過去の挫折から
無意識に女性嫌悪・蔑視(ミソジニー)
してしまったり
←おしゃれをする娘に「いやらしい」と言ったり
などなど。
こういう母親のことについては
何となく想像した通りだったのですが
本を読んで「たしかに~」と
改めての発見だったことは
父親についてでした。
父親は
働いて給与を稼いでいれば
それだけで十二分に
父親としての役割を果たしていると
思っている、と。
たしかに~!
暴力をふるうわけではない
借金をするわけではない
浮気をするわけではない
〇〇するわけではない・・・
”よき父であるハードルは
恐ろしく低い”
と。
たしかに~!!!!
😇
赤い表紙の方の『さよならお母さん』で
母への処方箋として
母であること自体は
母が信じているほどの価値はない
娘を従わせることを
正当化する根拠などない
ということが書かれていました。
(母を開放するための
あえての強め表現なのかもしれませんが)
ここを読んだら
当初の目的とは全然違うことを
感じました。
子どもを持たないという選択は
しばしば私を不安にさせます。
後で後悔するのではないか・・
間違っているのではないか・・
でもこの章を読んで
母になることなんて
そう大層にとらえる必要はないのだと
思えました。
そして本文では娘に対して
書かれていることを
一部「子どもを産むこと」に置き換え
読んでみました。
” あなたにとってもしも子供を産むことがとても大切なことであったら、どういった理由で大切なのかを考えてほしい。
自分の愚痴を聞いてくれるからか、女どうしでわかりあえるからか、「最後は親子」だからか。いくつか理由があるだろう。しかし、よく見つめるとそれらの理由は極めてあなた中心、つまり母親中心のものだと気づくだろう。あなたたちが自分勝手に子供を産むことを大切に思っているのだ。つまり、勝手な思い込みを子供に受け入れてもらいたいのだ。あなたこそ、子供に依存しているのだ。それなのに、「娘のために」などと言って、それを正当化してはいないだろうか。”
(紫色の部分を「娘」から、
橙色の部分を「存在」から置き換えました)
”母性”というものは
大変な分かりづらさを持って
狡猾に女性を利用する
道具にもなります。
戦争中は銃後の守りとして
戦争に行ける男子を
生み育てさせるため
現在は
無料のケアの担い手となるため
などなど。
生む可能性のある性の私にとって
”母性”は相当手ごわいものであり、
加えて日々いたるところから
忍び寄り続けています。
でもこんな風に読み替えてみたら
その影が少し
薄くなったように感じました。
「母」を知るために読んのですが、
最後は自分の中では
意外な展開になりました。
フェミニズムを勉強することは
私にとっては
自分を知ることでもあるのだと
つくづく思います。
そして幸せになることは
常識との闘いなのであるということも
この本からとても感じました。