夏休みといえば、みんなワイワイと海や山などの行楽地に出かける頃。
 

私にとって夏の思い出と言えば、立体裁断の夏期講習会。
朝から夜まで立体裁断づけの毎日が連続3日間続きます。

洋服作りのなかでもパターン作りだけをするのは、ピアノで言ったらハノンの練習曲を黙々とつづけるような単調な色のない世界。

わくわくしたりドキドキしたりすることよりも、自分のテクニックの甘さに落ち込んだり、ゴールは、まだまだ見えないくらい先だなぁと途方に暮れるような思いを抱きながら、ひたすらボディやはさみ、布とシルクピンと向き合う時間。

20代前半から通い始めた東京立体裁断研究所。27才でルーチェを始めたあとも、夏期講習にはしばらく通っていたので、トータルすると10年以上お世話になりました。

そして毎年夏には、2011年の8月9日に90年の生涯を閉じられた恩師・近藤れん子先生のことを思い出します。

受講する私たちでさえ、一日がかりの講習会は疲労感があるのに、70代〜80代になっても椅子に腰掛けることなく立ちっぱなしでお話しされていたれん子先生のパワフルさには、今思い返しても圧倒されます。

そして誰よりも大きい声。「わたしは広い家で育ったから声が大きいのよ!」といつも皆んなを笑わせていらしたのも印象的です。


「いい? 親のすねは、かじられるだけかじるのよ!」というのもれん子先生の微笑ましい名言です。

「日本の洋裁学校は見る目を養うことをしなかったのが一番の欠点。日本人は数字ばかりを追いかけて、本当にいいものを見る目を持たないから、いいものが育たないのよ」というのも、何度となく聞きました。

確かに服飾専門学校では、仮縫いの仕方も洋服を見る目も教わるチャンスがなかったけど、立体裁断研究所では、まずは最初の一年間かけて見る目を育てていきます。


テクニックも大事だけど、見る目がなかったら台無し。

本物のいいものを見ることの大切さを嫌というほど教わりました。



近藤先生との出会いがなければ、洋服をつくる仕事は確実にしていなかったので、20代前半に先生にお会いすることができて、それから何年にも渡ってご指導いただけたことが今でもわたしの中の誇りです。

7月末の夏の厳しい暑さとともに思い出す夏期講習とれん子先生のことは、自分にとって忘れられない、そして忘れたくない夏の思い出です。