かなり前の話ですが、ずーっと欲しかった吉田甲子太郎訳の小公子を購入しました。

 

1953年に古き良き日本語で翻訳されたこの本は、AKIKO的にビクトリア時代の空気を感じさせてくれる、大好きな一冊です。残念ながら今は絶版になっています。えーん

 

言葉は生ものなので、長く読み継がれている作品も、時代に合わせて文章や文体を変えていなかければならないのは解りますが、一方で過ぎ去った時代をよりリアルに感じさせてくれるのもまた、言葉なんですよね。

 

たかが児童書と思われるかもしれませんが、大人になって読むと、子供の頃には気づかなかった発見がたくさんあって面白いです。

 

たとえば主人公セドリックと仲の良い雑貨屋のホッブスさん。

 

『ホッブスさんは(中略)頭がよいというほどの人でもなくて、どちらかといえば、にぶくて、もっさりした人でしたから、あまり交際がひろいとはいえませんでした』

 

良い人のホッブスさんは実は残念な人であったと。あるあるだけど意外に辛辣ね、バーネット夫人。滝汗

 

セドリックのおかあさまが身寄りのない事は知っていましたが、改めて読むと、

 

『あるお金持ちの老婦人のお相手をつとめていましたが、(後略)』

 

この一節で、おかあさまがレディズ・コンパニオンだったことが判ります。

 

孤児だったおかあさまがなぜ伯爵家育ちのおとうさまと結婚できたのが疑問だったのですよ。おかあさまもお育ちの良い方だったのね。謎が解けました。

 

 

 

また作中には児童労働の様子も描かれています。

 

セドリックの友人ディックは孤児で靴磨きをして生計を立てています。日本も戦争孤児たちは生きるために靴磨きをしていましたね。

 

道路が舗装されておらず、元手がかからず、子供でも簡単に出来る靴磨きという仕事は現代の発展途上国でも多く存在しています。

 

で、ディックの生活はというと。

 

『自分で商売をはじめるようになってからは、屋根の下で寝られるくらいのお金ができて、野宿することだけはやめました』

 

き、厳しい…汗

 

ディックはセドリックと知り合う前から靴磨きをしていましたが、どうやら売上をピンハネされていたらしいです(その辺は作中にでてきませんが)。

 

この屋根の下もおそらく大部屋に大勢でごろ寝する共同宿舎みたいなところでしょう。それですらディックにとっては降ってわいた幸運だったわけです。

 

靴磨きという職業がいつ生まれ、どういうシステムで成り立っているかは解らないのですが、オシャレな制服を着た今時の靴磨き職人の姿を見たら、ディックやかつての戦争孤児たちはどんな感想を抱くのでしょうか。

 

またビクトリア時代のお城勤めの召使たちの労働形態も描かれています。

 

作中にでてくるメロン夫人だけは長くドリンコート城に勤めていますが、セドリックの世話をするドーソン夫人はセドリックの親戚筋の家からドリンコート城に移動していますし、召使のトマスも『おれは上つ方で長年奉公してきた』と書いてあります。

 

どうやら城仕え=永久就職ではなく、(紹介状片手に)あっちの城、こっちの城と移動する派遣社員的な働き方だったようです。

 

ずーっと同じ家に仕え、引退した後は領地に家をもらって住むというのは、城仕えする人たちのごく一部だったのでしょう。

 

日本も戦国時代は仕える主を変えるのはよくある事でしたし、ひとつの城にずーっと雇用される働き方が出来たのは江戸時代からですね。

 

そういう意味では、現代の派遣社員の労働状況はヴィクトリア時代のそれに近いのかもしれません。

 

笑ってしまったのが召使トマスのぼやき。

 

『いただきもののやお給金なんかが、けっこうだし、奉公人どうしのつきあいが、上品だから、いいようなものの』

 

現代会社員風に訳すると「お給料・ボーナスがいいし、有休もとれるし、同僚もいい人ばかりだからいいようなものの、上司が嫌な奴だからな~チーン」というところですね。

 

こればかりは今も昔も変わらないようです。真顔

 

最初の数ページで挫折した英語版↓ いつかは最後まで読み切りたいものです。