桜が終わって、薔薇の季節になりましたね~。

 

AKIKOのご近所は薔薇を育てているお家が多く、薔薇好きAKIKOはウハウハです。

 

一重の薔薇。清楚な美しさに満ち溢れていますね。

 

同じ一重の薔薇でも赤いとまた違った印象がありますね。

 

昔イメージワーク中に、AKIKOを象徴する花として一重の薔薇が出てきたことがあります。

 

当時のAKIKOは「一重の薔薇=地味」というイメージを持っていたので、その一重の薔薇が自分を象徴していると知ってガッカリしてたんですね。

 

そうしたらイメージの中に天使様が出てきて、

 

「花は自分が持てる力の精一杯を持って咲いています。何の努力もしていないあなたが、なぜそこまで不満を言うのか」

 

と、怒られた事があります。ごもっともです、天使様。そしてあれから何年も経ちましたが、相変わらずAKIKOは不平不満を言っています。

 

まさに成長しない人間の見本ですな。

 

こちらはオールドローズかな? 赤ちゃんの握りこぶしを思わせる丸みを帯びた形の薔薇です。

 

こちらは黄色と珊瑚色の花びらの薔薇。この薔薇は散り際が一番美しい感じがします。

 

高温多湿の関東平野では薔薇は育てるのが中々難しい植物ですが、思いがけないところで野ばらを見つけることがあります。

 

これは昨年の冬に撮った写真です。鳳仙花の茂みの中に咲いていた野ばらを偶然発見しました。これはこれで可憐ですね。

 

ただ道路わきの植え込みの中で咲いているせいか、茎が細くて。合わない環境でも必死に咲く姿は健気ですけれど、これが人間だったらどうだろう? と考えてしまいました。

 

 

置かれた場所が自分に合わなくても健気に咲き続ける姿はたしかに美しい。でもそれはあくまでも植物の話。

 

植物もそうですが、人間が自分に合わない環境に生きると、本当にただ「生き延びるのみ」になってしまうんですよね。

 

これある意味「自分の事しか目に入っていない状態」です。

 

「生き延びるのみ」というのは、なんの社会貢献もしていない、他者との関わりのない生き方でもあります。

 

一方育成環境が合っている植物は花も実も大きくて美しい&美味しいですよね。どちらがより喜ばれるかというと……美しさは各自の好みですが、美味しいものに対して人間は残酷なくらい正直ですドキドキ

 

人間も同じで、自分に合った環境で自分らしく生きるということは、それだけで意識レベル・エネルギーレベルで「社会(や周囲)に貢献している」んですよね。

 

女性誌でもスピリチュアルのサイトでも「自分らしく生きる」とか「自分を生かす」というキャッチコピーが踊っていて、私たちもそれを求めていますが、それは単純に「自分らしく生きる事で幸せになりたい」だけでなく、私たち自身が無意識レベルで「社会に貢献したい」という希求の現れなのかもしれません。