GWも後半になると、日付の感覚が狂いますねなAKIKOです。こんにちは。


本気で感覚が狂いすぎて、1件約束があったのを忘れていました。ついでに代々木でやるプチ癒しフェスタの開催日も1週間、勘違いしていました。明日、明日です。セーフ。


ちびっと体調崩しているのですが、明日は元気に参加したいです。相談事もあるしな(笑)。


先日、友人と三菱一号美術館で開催されている、PARISオートクチュール展に行ってきましたー!


今では創る事ができないほど細かな職人技を駆使したドレスがいっぱいあって、しかも100年近く前のデザインにも関わらず、現在身につけても全然OKであるところに、本物の美は時代を超えるということを実感しました。


駄菓子菓子。ドレスに縫い取られているビーズや刺繍をみながら「これを縫っていた当時のお針子さん達の時給はいくらだったのかなー。きっと現代の最低賃金以下だったよなー」と考えてしまう経理脳の悲しさよ。


展示会場では一部写真撮影が許可されていたので、いくつか撮ってきました。


このドレスはココ・シャネルのデザインです。




彼女の服は男性的で機能的でシャープなという印象が強いですが、これは意外にフェミニン系ですよね。暗くて解り辛いですが、サーモンピンクの総レースのドレスです。


でもこれを作ったした当時は、相当機能的&シャープなデザインだったんだろうな。


こちらはシャネルと同時代に活躍したエルザ・スキャパレリのドレスです。故ジャンニ・ヴェルサーチを思わせるデザインですね。




こちらは暗くて解り辛いですが、指先に金色の爪がついた手袋です。これもエルザ・スキャパレリの作品です。今見てもかなり斬新ですよね。超アーティステック!




日本ではあまり知られていないスキャパレリですが、シャネルがベージュや黒を使い、シャープなデザインの服を作っていたのと対照的に、ショッキングピンクなどの派手な色を用い、セーターにリボンなどの模様を編み込んだグラフィカルなデザインや、ハイヒール型の帽子、伊勢海老(!)の絵をあしらったドレス等を発表して話題になりました。


二人は1920年代以降のファッション界に置いて、大きな足跡を残した女性デザイナーですが、彼女たちに共通しているのは、自分の感性や資質、経験を使って作品を創っているということ。女性が自立する為に、あるいは起業する為に何かを学ぶという時代ではなかったというのもありますが。


行商人の家に生まれたシャネルは幼少期に修道院に預けられ、裁縫の技術を仕込まれました。修道院を出た後、彼女がお針子として生計をたてていったのは、ごく自然な流れでした。彼女のシンプルなデザインの源泉は修道女の制服にあると言われています。


一方のキャパレリは父が王立図書館長を務めた東洋語学者、母も貴族出身という裕福な家庭に生まれています。多くの芸術品や異文化に囲まれて育ったスキャパレリのデザインがアーティスティックなものであるのも頷けます。


シャネルはスキャパレリを終生ライバル視したと言いますが、たしかにシャネルにスキャパレリのようなデザインのドレスを作るのは無理でしょうね。


奇天烈なデザインを芸術の域に高める事が出来たスキャパレリの感性は、本物の芸術品に囲まれて育ったというバックボーンがあってこそだったと思います。


シャネルもデザイナーとして才能のある人物でしたから、スキャパレリの偉大さはたぶん誰よりも理解していたと思います。それでも彼女が偉いのはスキャパレリの真似はしなかったところです。


一世を風靡したデザイナーであると言う矜持もあったでしょうし、自分らしい作品を作る事が唯一、スキャパレリに対抗できる手段だというのも解っていたんじゃないですかね。


もしシャネルがスキャパレリのデザインを真似たら、彼女はスキャパレリの二番煎じとなってファッションの表舞台から消え、後にシャネルのアイコンとなるシャネルスーツも生まれなかったでしょう。


アーティストだったスキャパレリは時代の変化にしたがって1950年代に自身のメゾンをクローズし、以降ファッションの世界に係わる事はありませんでした。


シャネルはその普遍的なデザインと共に、最晩年までデザイナーとして活躍しました。


それぞれ立ち位置は違いますが、二人は自分らしさを貫き通した結果、ファッション史に名を遺す結果となったのです。


ということで、自分の経験、感性、資質をもう一度見直して見ませんか? それらを総合したところに、自分が一番輝けるステージが見えてきますよ。