古今東西変わりなく、過去からずっと流れ続けている月日。
そこに常識や文化が生まれ、歴史として刻まれていきます。
昔からの素晴らしい教えもえれば、誤認からの誤りが是正されることもあるでしょう。
時代の移り変わりの中で変化する生活環境が影響し、どんなに素晴らしい教えであっても、今となってはそれは不可能というものもあります。
こうした流れを思い浮かべながら、人々が口々に発する胸の内を相反するものとして並べてみました。
左が先輩、右が後輩、という並べ方です。
「今時の若い者は」VS「老害だ」
「この年になると」VS「子ども扱いするな」
「昔はよかった」VS「時代遅れの時代錯誤」
どちらの言い分も間違いではないと思いますが、もとは誰もが右側にいて、そこから左側になっただけ。
右のアイデンティティを失って左になったといえるでしょう。
左は過去を見ていて、右は未来を見ているという考え方もできます。
右は今を満足していて、左は今を嘆いているというようにも思えてくるでしょう。
誰もが歳をとり、歳を重ねた分だけ老いていきますが、考え方が卑屈になるのは危険です。
ところで、「この年だから」という言葉には、二通りあるように思います。
言い訳に使うときと、実際に年齢が関係するときです。
言い訳の場合は、「若い頃はもっと素晴らしかったのよ」と言いたいとか、やらずにきたことのそれっぽい理由付けにするとか、いずれにしても言い訳なので、かっこつけのためであるはずなのに、さらにかっこ悪くしてしまうでしょう。
ただ認めて頷く方がスマートでかっこいいのではと、個人的には思うところです。
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体裁ぶったはずが、冷静に考えると裏目に出ているのは恐ろしいこと。
言い訳は見苦しさを招くことが多いので要注意ですね。

































