「今が幸せすぎると、不幸が訪れそうでこわい」
そんなお声を聞くことがあります。
「人生楽ありゃ苦もあるさ」という水戸黄門のテーマソングのイメージが、定着しているのでしょうか。
それなら、「人生苦がありゃ楽もある」という、逆のものがあってもいいはずなのに、なぜか先細り方面が人気ですね。
過去にもこんなことを書いていました。
ところで、表題の件です。
物事を楽しむのは大切で、楽しむからこそ「好きこそものの上手なれ」となることも意外と多いでしょう。
私のタロットがそれかもしれません。
どんな事柄にもいえることですが、楽しさにどっぷり浸かったラッキーな人と思われている人も結構いらっしゃるのではと。
他人の苦労はなかなか見えてこないので、自分の苦労ばかりが見えて、あの人ばかりがいい思いをしていると受け取られてしまうことも多いでしょうか。
ところが、楽しさばかりでは、それはマンネリを生みます。
楽しいこと、心地よいことに慣れてしまうと、それが普通になってしまうからです。
そして、以前より没頭できず、何となく放り出したり、もっと面白そうなことに首を突っ込んでいくようになるでしょう。
これは、「楽しさ」ばかりを追い求めた結果です。
ところが、どんなに楽しいと思っていたことでも、スランプが訪れたり、自分の中に生まれたモヤモヤを解決しなくてはいけない時期が訪れます。
もっと勉強する。
もっと練習する。
基礎から見直してみる。
こうしたことを行いながら、改めて原点回帰の地点から楽しさを追求してみると、更なる発見があり、楽しい世界が広がっていきます。
終わりはありません。
楽しんだだけで終わりにしてしまうと、味見程度で、雰囲気をつかんだだけだったり、中途半端なままになるのです。
もちろん、楽しむことだけが目的で、それを達成したからOKという考え方もあります。
いずれにしても、自分の中でどうしたいのかが決まっていないと、どうにも転べぬままに、惰性的な日々を送るだけになるでしょう。
楽しさと辛さは、実はセットなのかもしれません。
また、本当に楽しんでいるものには、苦労も惜しまないでしょう。
ここを何とかマスターしよう。クリアしよう。
そういう意識で乗り越えてしまうからです。
この考えにスイッチできないとすれば、カジュアルに楽しみたかっただけで、そこまで深く楽しみたいわけではなかったということなのかもしれません。
反対に、辛くて仕方のなかったことが、続けていくうちに面白みを増して、楽しんでいる自分に気づくこともあります。
どんなことの中にも楽しみを見つけるセンスが大切です。
大抵の事柄には、楽しいこととそうでないことがセットになっていますからね。
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