先日、重版出来のお知らせに、<おまけ・LUAの内なる心>を書きました。
共感しましたとおっしゃる方がいらして嬉しかったのですが、みんなと同じ、みんなが同じ、右向け右、左向け左が苦手です。
みんなと同じもの持つのはOKでも、みんなが持っているから同じものを手にするというのがダメなのです。
どういうことかというと、流行りものをただ追いかけて、キャッキャウフフというミーハーなノリがダメというのもありますが、もっと本質的なところに、同じが苦手の軸があります。
たとえば、人をけなしたり、仲間はずれにして、「みんなが嫌ってるから私も・・・」とか、「あの人は間違ってるから」「あの人は意地悪だから付き合わない方がいいよ」と言われて、「○○ちゃんが言ってたし私も・・・」というのも、似たようなところに原因があると思うからです。
みんなって何ですか?
民主主義社会で、多数決で多い方が勝つから、勝ち組になろうとしてみんなを選ぶのですか?
自分が正しいと思うことを続けずに、上辺だけの勝ち組になりたいのですか?
そう考えてしまうのです。
だから、みんながキャーキャーが苦手。
ほんとに望んでいることが、たまたまみんなと同じであるなら問題ありません。
でもそうではないのに、長いものに巻かれようとしたり、取り残されたくないからと、みんなに便乗するのは違うと思う。
自分の考えがしっかりあれば、自ずと主張もハッキリするはずです。