倉敷市内に在る縄文遺跡、福田貝塚の13年前の遠景です。
写真中央、家の下辺り一帯に貝塚が形成され 縄文当時、山側からは湧水が流れ
落ち 貝塚の前には遠浅の海が広がる福田縄文人にとって最適な場所だった事が
地形上からも伺えます。
貝塚は、畑となっていましたが訪れる度に理解ある方が居て 畑の中に気兼ねなく
踏み入れる事が出来ました。
畑からは土器や石器はもちろん 山海の幸を示す遺存
体も出土し 縄文人は何を食べていたか その一部を
紹介します。 (カットマ-クは肉を削ぎ落すときに
石器によって付けられた痕跡)
土中から 縄文人の 声拾う
ここで採集した土器片、よく観察すると赤色顔料で施されたモノ 赤色が何を
意味するのか? 特別な時に出され飾られた? 様々な説がありますが割れ残った
この二点の土器片は私達に当時の人の精神文化をも伺がわす遺物となっています。
現在、貝塚周辺には家が立ち並び すっかり変わった風景となり、また貝塚が在る
畑もここ一年以上、耕作された形跡もなく 放置状態となっています。
優しく迎い入れてくれた方も体力の限界からか 今もお元気であればいいのですが。
鍬握る その手のシワに 時が経ち





