昭和初期頃の倉敷 鷲羽山から見た瀬戸内海の写真(島名は右読み)
古く江戸時代には入国を許された欧米人が航海の途中、船上から見えたこの風景を
称賛し その時の感動を航海記に書き残し当初から外国人よって瀬戸内海の美しさ
を見いだし著名なシ-ボルトもその一人としてその後の国立公園指定へと繋がって
行きました。
現在に戻り 瀬戸大橋が島々に橋脚を下ろしながら四国へとつながり自然と建造物と
が一体となった風景の美しさに国内外から観光客を呼び寄せています。
展望台では昭和から平成に掛け活躍されたコ-ラスグループ デュ-クエイセスの
歌碑が置かれボタンを押すと「鷲羽旅情」の曲が流れ 旅情を高める演出がされてい
ます。
私的にはエイセスの「日本の歌」シリ-ズの一曲、京都を舞台とした「女 ひとり」
歌い出しの京都~大原~三千院~ 心にしみる名曲です。
鷲羽山に来た理由、そうです遺物採集でした。
2万年前、旧石器人もこの場所をキャンプ地として選び
眼下の海、いえいえ当時は陸地 大型動物を見つけると
集団で狩りをし その為の石器作りも行われていました。
以前、この地で採集したナイフ形石器 6cm余りあり
切る 突くなどの機能を持った石の道具、ナウマン象や
オオツノジカの断末魔の姿が・・・。
それぞれが たかが石コロ されど石



