今から20年近く前、高校三年生の時にわたしが作ったうた。

文化祭のテーマソングになった。
その年のテーマは、LOVE&PEACE。

まさに今、たくさんの人に、
届いたらいいなと思う、うた。




"PEACEFUL"


公園のベンチ 空に浮かぶ白い雲
夏の気配感じながら 目を閉じる

「ふたりでよく来たよね」
あなたは遠くを見つめてる
お弁当を渡しながら 微笑み返した


砂のトンネル掘ってる
わたしたちの天使
あの無邪気な笑顔のために
わたしが出来ることはなんだろう


この子が大きくなって
愛する誰かとふたり この場所で
移りゆく季節たちを 感じられるように




「手を洗ってからね」
水飲み場へかけてく背中をみて
ふいに "ママ"と同じ口調の
自分に気づく

泣いたり笑ったり
叱られたり困らせたり
流れてゆく時間は とても速かった


わたしたちに降り注ぐ
まぶしい陽の光
出来るならば この子には
争うことを 教えたくない


神様がいるのなら
愛を込めて どうかひとつだけ
いつまでも
あの笑顔が 色褪せないように


この子が大きくなって
愛する誰かとふたり この場所で
移りゆく季節たちを 感じられるように



✵☻✵☻✵☻✵☻✵☻✵☻✵


いまだになぜあの時、こんな歌詞を思いついたのかは分からない。

考えて考えて出てきたものじゃなく、
降りてくるイメージと湧き出す感情をただ文字に変換しただけ。

あれから年月は流れ、
わたしは、このうたのように、
愛する我が子の未来を想う。



一箇所だけ、変えたところがある。

未来は必ず思い通りになる。
それを大人になって確信したから。


「思い通りにならない未来だけど
もしも叶うなら」

じゃなくて、

「神様がいるのなら 愛を込めて
どうかひとつだけ」

にした。



いま、よく娘が鼻歌みたいに歌ってるのを見ると、微笑ましくて、不思議な気持ちになる。


愛を以てよき方へ♫•*¨*•.¸¸♪


三月十一日。
日本中が忘れることのない日。

東北地方大震災から、一年。

わたしにとっては、
それよりも前から、命を想う日。

最愛の弟がこの世を自ら去った日。
三月十一日。

生きていたなら、30歳。
どんなオヤジになってるだろうと、
よく想像します。


いまだに、思い出さない日はない。

誰かが亡くなると、まず、
声から忘れるらしいのですが、
わたしは鮮明に鮮明に覚えています。



あんなに愛していた子のすべてを、
忘れることなど絶対にない。

弟の「死」自体は、私も含め、
家族はずいぶん早くに乗り越えた。


まわりの人の気の使い方が時々、
長すぎて疎ましく感じたが、
「当事者」は、まわりが思うほど、
弱くはないのだなと、思いました。




わたしは弟の死をきっかけに、
自分を改めることが出来ました。
今もずっと日々それは続いています。



もしも
毎日毎日
ひたすら泣き続けたら
彼が戻って来るというなら
私も家族も
なにもせず泣き続けるよ

でもそんなことは、ないのだと。
信じたくないが受け入れました。
すぐに。



母を想う。
わたしも母になり、
「もしも自分が同じ立場になったら」
と想像しました。

自分の体に別の生命が宿り、
重くなってゆくからだをいたわり、
まだかまだかと心待ちにし、
とてつもない苦しみを越えて、
この世に産み出した我が子。

どうか健やかにと願いながら、
毎日毎日毎日共に生きながら、
愛と氣を注ぎ続けて、
素敵な大人になるようにと。

どんなパートナーと出会い、
どんな未来を、
この子は築いてゆくのかしらと。

楽しみにして、
自分も子も、年を重ねてゆく。
共にありながら。

そんな血を分けた最愛の人に、
まさか先立たれようとは、
誰が想像するでしょうか。

そう思えば思うほどに、
わたしは母の強さを尊敬します。




生きるということ。
それは喜びであるはずです。
しかし人は必ず死にます。
死をいつも意識して暮らしては、
生きる意味さえ見失うことも。

だから多くの人が、
「生への不安」を感じるような、
社会であってはならないと感じます。

必要ないものは必要ない。

それが何を指すかはあえて、
書きませんが。




弟が死んで、
もう二度と今世では会えないと、
わかればわかるほど、
しばらくは「自責の念」ばかりでした。


もしあの時に会っていたら。
もしあの言葉をかけていたら。
あんなこと言わなければよかった。
あんな態度取らなければよかった。
もっとそばにいればよかった。

もっとたくさんの、
時間を共に過ごせばよかった。



本当に愛しているひとに、
「愛しているよ」と言うのは、
とても照れっぽい。

本当に大切な人に、
「いつもありがとう」と言うのは、
つい忘れがちになる。

身近な相手ほど、
感情まで共有しているような、
せんな感覚になって、
「言わなくてもわかってるだろう」
そう生きてしまいがちになる。


でも。


愛しているひとに、
愛してるって言えるのは、
抱きしめられるのは、
体温を感じられるのは、
どうでもいい会話で笑い合えるのは、

そこに、いるからなんだよね。



せわしなく過ぎる日々に、
自分をどれだけ埋められても、
思い出す日であって欲しい。
三月十一日。


「当たり前」になっていく、
自分が生きているという奇跡。

消えていった尊い命からのバトン。


生きているのではなく、
生かされているという今を。

自分を改めることが出来た時、
世界はかならず変わるのです。


ひとりひとりの手で、
ひとりひとりの世界が、
変わるのです。

それが無限にリンクして、
世の中は自分が変わったあとにしか、
変わらないのです。


世の中を変えるのではなく、
自分を変えて、
そして世の中が、変わるのです。


究極に自分を大事にすること。
他人はいいから、
まず徹底的に自分に目を向けて、
自分を愛すること。

それがもし、あの頃のわたしに、
わかっていたとしたら、
間違いなく、弟は今も、
生きていると確信出来ます。

自分を心底愛することだけが、
他への本当の愛にも変わり、
不協和が消え調和するのです。


わたしのきっかけとなってくれた、
弟と、
この国のきっかけとなって下さった、
たくさんの尊い方へ、

魂からの愛を込めて。


わたしは、わたしでよかった。

これを読んでくださっている、
あなたが、あなたでよかった。

この国に、
「こんな時代」と呼ばれる時代に、
こうして生きている意味を、
たくさんの人が、想う日に感謝。





これからずっと、
前を向いて生きるということ。
難しいことだと思う日々もある。
努力がより必要になることもある。


嘆く前に、投げ出す前に、
諦める前に、責める前に、

「愛してるよ」
「大好きよ」
「大切に思ってるよ」
「ずっと味方だよ」
「きっと大丈夫だよ」
「わたしがいるよ」
「いてくれてありがとう」
「そんなあなたを誇りにおもう」


そういうような、
愛を伝え合うようなことから、
はじめていけばいいのだと、
わたしは心底、おもいます。


未来はかならず明るいもの。
そう信じる人の未来はかならず。



だからこそ、
わたしは今を生きています。
あなたと。この星のこの国で。


ぜんぶ読んでくれてありがとう。
ありがとうございます。


✡理紗✡
まずは抽象度を上げよう。
今日はそのお手伝い。
言霊が届く人が、増えますように。




「人生は感動の連続だ!」の、

本当の意味がようやく分かった。


今をすべてのアンテナで感じ、
「受信発信」を繰り返し、
集中してその今を日々重ねると、
確実にチカラがつく。


それが「感動」であり、

五感を研ぎ澄まし
直感力を呼び醒ます
「行動」の必須要素である。




「受信」は頭を使うが、
「発信」は実は直感がすべて。


どれだけのことを「受信」し、
ものにし、経験し、
どれだけのことを「発信」するか。


「受信」していない者は、
「発信」出来ない。



「感動」を「連続」して「共有」し、
「受信発信」し合える「仲間」。



それを「同胞」と呼ぶ。



同胞よ、魂の「里」へ帰りなさい。

そこで「受信」したものを、
たくさん「発信」しよう。




日本を変える。
日本は還る。

大和魂と大和撫子の善き国へ。



そして世界は、必ず変わる。
善きことへ愛が働きかける、
すべての祈りは、
必ず最速で実現します。

お祈りの言霊を知らなければ、
共に在ることは難しい。
書いておきます。
いつでも。
これを唱えて問うのです。


「主の祈り」
天にまします我らの神よ

願わくば
御名(みな)の尊(とうと)まれんことを

御国(みくに)の来(き)たらんことを

御胸(みむね)の天に行わるるごとく
地にも行われんことを

我らの日用の糧(かて)を
今日(こんにち)我らに与え給(たま)え

我らが人に赦(ゆる)すごとく
我らの罪を赦し給え

我らを
試(こころ)みに日来(ひき)たまわざれ
我らを悪(あく)より掬(すく)い給え

アーメン

愛を以て、善き方へ。
♫•*¨*•.¸¸♪♫•*¨*•.¸¸♪
みんなちがって、みんないい。

いっしょだね、は、もちろんいい。



でもちがうからって、だめじゃない。


ちがうからこそ、きょうがある。

ちがうからこそ、いまがある。

ちがうからこそ、じぶんがいる。

ちがうからこそ、みんながいる。


ちがうからこそ、あすがある。




もとは、ひとつだったのに、

わかれたりゆうは、そこにある。



わかれていても、ひとつになれる。


ひとつのなかの、じぶんで生きる。

photo:01