叔父から学ぶ | 乳がんナース奮闘記

乳がんナース奮闘記

27歳の看護師です
乳がんとの闘いの記録と日々のたわ言です


数か月前、


叔父が脳梗塞になりました。


なかなかお見舞いに行けてなかったのですが、


叔母に聞くと、元気にしてるよ


っとのこと。


左半身に軽度の麻痺がまだあるけど、


ごはんも食べてるし、リハビリ頑張ってるよ


っとのことでほっとしていました。


その叔母夫婦が昨日、面会に来てくれました。



叔父とも何度かメールでやりとりはしていましたが、


詳しい状況はまだ聞いてませんでした。




聞いてびっくり


脳幹梗塞だったらしいです。


けっこうがっつりつまってたらしい。


よくぞ無事で・・・


発症後すぐに行った病院ではありえないことに


脳梗塞との診断がついていたのに、


自宅へ帰したそうです。


脳梗塞の治療は時間との勝負。


発症直後にしかできない治療があります。


そして、つまった血管の先の脳、


完全に死んでしまうと元には戻りません。



翌朝また病院に行きましたが、


もう症状は進んでいっていたそうで。


そこの病院はダメだと


自分で病院を探し、


紹介状をもらって、


2時間かけて自分で車を運転し、


違う病院へ向かったそうです。



病院へついたときには、


必死でなんとか受付までたどりつくか・・・


っというほど左半身は動かなかったそうです。


脳梗塞は発症後、


症状が固定するまで、いったんどんどん悪くなります。


入院後、左半身はぴくりとも動かない完全麻痺になったようで、


でも、その選んだ病院はきちんと早期リハビリを行っているところでした。


少しずつ症状が安定してくる中で、


リハビリをしながら


毎日毎日、前進していたようです。


それでも、主治医からは車いす生活になる


っと言われていたようです。




叔父はまだ40代。


夏はラフティングのガイド、


冬はスノーボードのインストラクター、


趣味もサーフィンしたり竹炭焼いたり、


身体を使っていろんなことをしてます。


スノーボードは、


全日本のレースに出るような腕前です。



どれだけの衝撃だったのか想像もつきません。


必死でリハビリをし、周囲を驚かせ、


スポーツリハビリで有名なリハビリ病院へ転院するまでになり、


現在ゆっくりですが歩いてます。


幸い左半身の麻痺以外には特別症状もなく、


リハビリの一環として、


先日叔母とラフティングに行って


ゆっくり川を下ってきたそうです。


「初心者の頃よく2人で行った川でな~、


NAOも退院したら行くぞ~」


っと元気な叔父さん。



しかも、


「完全に麻痺がなくなることはないやろうけどな」


っと現状を受け入れながら、


「リハビリ頑張って、よくなるとこまでよくなったら嬉しいしな」


っと前向きに励んでいます。



「ラフトのガイドはさすがにもうできひんとしても、


スタッフのみんながよう頑張ってまわしてくれるから、


会社は続けて行けそうや~。有難いわ!


今年の夏はほんまに営業できひんかと思ったけど、


ライバル会社まで助けてくれて、


お客さん断らんですんでなー。」


っと


嬉しそう。



私は叔父が怒ったり愚痴ったりしているのを


今まで見たことがありません。


まぁ、ほんとよくしゃべる人ですが、


いつも笑ってます。


今回も、


「言語の方に麻痺が出てたらつらかったけどなー


相変わらず口はよう回るでよかったわ」


っとこれもまた嬉しそう。



「初めに行った病院では


結局大した治療はしてもらえへんかったけど、


あそこで入院してたらここまでよくなってたかわからへん。



家に帰されて、その夜死ぬほどいろいろ調べて、


結局病院うつってリハビリもしてもらって、


それで今ここまで回復してるし、


全部結果いい方へいってるんや~。」


って言ってました。



私ならなんで初めの病院でちゃんと治療してくれへんかったんや


といつまでも言うでしょう。



仕事の内容や生活がこれまでと大きく変わらなくても、


大きな衝撃のはずです。


まして叔父はスポーツの分野でやってきた人です。


できなくなったことに目が向いて、


悲観的になって当然です。




日本でラフティングが今ほどメジャーじゃない頃から、


ニュージーランドでガイドの資格をとって、


バリバリやってきた人が、


「ゆっくり歩けるんや」


と喜べるんです。



ラフティングの会社は続けていくそうですが、


スノーボードはやっぱり無理だそうで、


冬の仕事は何をしていくか考え始めてるそうです。


これもできるし、あれしてもおもしろいな、


っと楽しそうにしてます。



障害受容の過程として様々な危機モデルがありますが、



(参考までに↓)



危機モデル 危 機 プ ロ セ ス 特    徴
キャプラン 緊張のうちの発生→緊張の高まり→急性の抑うつ →破綻や病的パターンの発生 危機状況から精神障害へのプロセス
4~6週間で何らかの結末を迎える
フィンク 衝撃→防御的退行→承認→適応 マズローの動機づけ理論に基づく
危機から適応へ焦点を当てる
脊髄損傷患者を対象とした研究
ションツ 最初の衝撃→現実認知→防御的退行→承認→適応 フィンクのモデルに類似
危機状態のプロセス
乗り越えがたい障害との直面
コーン ショック→回復への期待→悲嘆→防衛→適応 突然の身体障害を受けた患者
障害受容に至るプロセス




この叔父が、「もういやや」とか「無理や」


なんて言うところが全く想像できません。


活動的な仏とでも言いましょうか・・・


自分の中で葛藤することはもちろんあるんでしょうが、


基本的にこの人、人生に対して前向きです。



前はこれができたのに


っとよかった時の自分と比べて投げやりになるのではなく、


今できることに喜びを見いだせる人です。




どんなことが起きても、


どう受け止めてどう生きるかで、


人生って全く違うものになるんやろうな


ってことを


まざまざと見せてくれる叔父さん。



いいお師匠さんです。


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リハビリツーリングでは山口の錦川を下ったそうで、


お土産ももらっちゃいましたもみじ


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