乳がんナース奮闘記

乳がんナース奮闘記

27歳の看護師です
乳がんとの闘いの記録と日々のたわ言です

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職場で大変お世話になった師長さんおかあさん。


3年前に他部署から、うちの病棟師長として配属されてきました。


頭の回転がとてもはやい人で、


ほんとに驚くぐらいたくさんの案件を抱えてますが、


対応も素早く、いわゆるデキル人です。


要点をついたまとまった話し方をするので、



研究や学会発表の相談をする時には、まぁ話が早い!


でもその分、口調がきつく聞こえることが多々ありますガーン!!



人見知りをする私、


初めはあまり、なついたり慕ったりすることなく、


若干ビビってましたガクブル


なるべく関わりたくなーいって逃げてました(笑)



師長さんが来て2年目には、


私への仕事の割り振りが非常に多く、


完全に私のキャパを超えてる・・・


っと思うような役割に、


つぶされそうになりながら、必死であがいてました。


「師長さん、何でそんなん全部私に言うんよろしくね!


って完全に余裕をなくしてることもしばしばでしたが、


たくさん相談に乗ってくれ、指導もしてくれました。


まだまだ未熟なスタッフにいろんなことをまかせて経験させるのは、


師長さんとしても自分が指導しないといけないことが増えるわけやし、


大変だったと思いますが、


この1年間で、得た知識、体験したことは私にとって、すごく大きかったと思います。



そして、去年、


4月1日という新年度スタートのバタバタした時に、


私の乳がんが見つかり・・・


忙しい中、毎日、私と話す時間をつくってくれました。


もともとウチの病院で勤務していて、クリニックを開業した有名なドクターを


紹介してくれたのもこの師長さん。


化学療法中に白血球がなかなか上がらず、


患者さんの担当を外れた時も、


私の居場所がなくならないように、


マニュアルづくりや、資料作成など、


いろんな仕事を用意してくれました。



患者さんの担当に戻ってからも、


軽症患者の担当中心だったり、


夜勤は免除だったことがイヤで、


意固地になって、通常業務がしたい!できる!と泣いて訴えたこともありましたが、


結局師長さんに諭され・・・


今となっては、私の治療を優先して、


その中でも働ける環境を用意して、たくさん配慮してくれたことにとても感謝しています。


入院中も会いに来てくれたり、


メールをくれたり、気にかけていただきました。


退院して仕事に復帰してからも、


傷がキレイに治るようにとうちの病院の形成の先生に相談してくれるなど、


自分が使える力やつながりは、


どんどん活用したらいいと思って動いてくれる人でした。



そんな師長さんが、移動になり、


しかも院内からも離れることに・・・。


まだ院内移動なら、たまに見かけて話すこともできますが、


もうなかなか会うこともできなくなります。



昨日、最後の出勤だった師長さん。


勤務後、みんなで茶話会をしました。


挨拶中、涙ぐんでる師長さんをみて、


私が号泣(笑)


それを見たみんなから、


「アンタ、泣いてるやろうと思ってチェックしたらやっぱり案の定やったな」


っと笑われ・・・。



口調は相変わらずキツイですが(笑)、


ほんとに親身になって考えてくれる人で、


心配りのできる人で、


人間としても大好きです。


私たちスタッフ側の意見をくんで、


前に立って上層にも意見をしてくれる管理職って、


多くはないのかも知れませんが、


この師長さんのおかげで、


どんどん働きやすくなっていってます。


ホントにお世話になった師長さん。


茶話会の後、個人的に挨拶に行って、


帰りの電車でまた会い、


結局ペチャクチャしゃべりながらお別れしましたが、


別れた後、


淋しさがこみ上げてきました。