●対抗宗教改革
宗教改革の進展を前にカトリック教会は,教義の明確化と内部革新をつうじて,勢力をたて直そうとつとめた。これを対抗宗教改革(反宗教改革)と呼ぶ。1545年からトリエントで開かれた公会議で,教皇の至上権を再確認するとともに,腐敗の防止をはかり,他方では禁書目録をつくり,宗教裁判所を強化して思想統制をおこなった。スペインのイグナティウス=ロヨラがフランシスコ=ザビエルら同志とともに結成し(1534年),教皇の許可をうけたイエズス会(ジェズイット教団)は,厳格な規律と組織のもとに,ヨーロッパだけでなく,海外でも積極的な宣教・教育活動をくりひろげ,カトリック教会の勢力回復に貢献した。この結果,南ヨーロッパへの新教の進出ははばまれ,南ドイツの多くの地域も新教徒から奪回された。海外でのカトリックの布教活動は,「大航海時代」の世界的通商・植民活動と密接なつながりをもっていた。1549(天文18)年にザビエルが日本に来航したのもその一環であった。
宗教改革はカトリック教会の普遍的権威を動揺させたが,宗教改革と対抗宗教改革によってキリスト教が権威を高めた君主と結びついて,ヨーロッパの人々一人ひとりの生活をより強く律するようになるという側面もあった。他方,旧教徒と新教徒の対立の激化から,ヨーロッパ各地で宗教戦争がおこった。さらに,このような社会的緊張の高まりのなかで,「魔女狩り」③がさかんにおこなわれた地域もあった。