●カルヴァンと宗教改革の広がり
スイスでは,ツヴィングリがチューリヒで宗教改革を開始したが,その後,フランスの人文主義者で『キリスト教綱要』を公刊したカルヴァンがジュネーヴで独自の宗教改革をおこなった。彼の教えの特徴は,神の絶対主権を強調する厳格な禁欲主義で,ジュネーヴでは一種の神権政治がおこなわれた。
カルヴァンは,魂が救われるかどうかは,あらかじめ神によって決定されているという「予定説」を説いたが,これが職業労働を神の栄光をあらわす道と理解する考えと結びついて,西ヨーロッパの商工業者のあいだに広く普及した。教会組織のうえでは,ルターが司教制度を維持したのに対し,カルヴァンはこれを廃止し,教会員のあいだから信仰の厚いものを長老に選び,牧師を補佐させる長老主義を取り入れた。
カルヴァン派は,16世紀後半にはフランス[ユグノー]・ネーデルラント[ゴイセン]・スコットランド[プレスビテリアン]・イングランド[ピューリタン]などにも広まり,ドイツや北欧諸国で有力であったルター派とならんで,もはや無視できないキリスト教の宗派となった。新教徒(プロテスタント)ということばは,これら,ローマ教皇の権威を認めず,聖職者の特権を否定する(万人祭司主義)宗派の総称になった。