2013年に『風立ちぬ』の昭和10年代の描写を見て、「ああ。。優れた考証は『この世界の片隅に』の方に期待しよう」と思った。原作以上にリアリティを加味したアニメ(原作より良くなっていると判断)、『ブラックラグーン』の片渕監督の次回作は、戦時中の主婦を描いた作品とWEBアニメスタイルで知り、その考証作業に唸っていたところだった。原作を買って読むと、原作も恐るべき完成度の作品だと解った。
待ちに待った、その映画が遂に公開されたのだ。
劇場で観られて良かった。。。
呉の街に響き渡る対空戦闘(合戦準備かな?)のラッパ符と開始される艦艇の対空射撃。
劇中数度ある高台陣地の12.7センチ高射砲の射撃音がホンモノにしか聞こえない。
(自衛隊の射撃音--FH70かな?--を採録したそうで)
低空で侵入し機銃掃射するグラマン空冷エンジンの爆音と50口径AN-M2の射撃音、弾着。
遠くの空中で通常弾に混じって炸裂する三式弾。
米艦上機に食らい付く三四三空の紫電改。
炸裂する対空砲弾の破片。
安定ヒレをなびかせて湾内に投下される機雷。
どれも映画史上初の表現だと思う。
これを体感するにはDVDではなく劇場でなくては!
ここまで軍事的SEのリアリティを追及した作品はガルパンと本作(監督は音響監督も兼任)くらいだろう。
実物の音を間近で体感した者でなければ、こういう音を映像で再現出来ない。
(「SEもリアルだ」と当時言われた『プライベートライアン』は、この二作に遥か及ばない)
昨日知ったのだが、学研の歴史群像シリーズの一式陸攻ムックには、片渕監督が製造番号について協力しているそうで。。この本は持っていたけど全く気づいていなかったなぁ。。。
http://www.ne.jp/asahi/aikokuki/aikokuki-top/Houkokugou_List2.html
原作でも緻密な考証を積み重ねて描いているのは良く判ったが、軍事的には惜しい所もあった。例えば航海中の海軍水兵、水原哲の服装が第二種軍装だったりした。ここはせめて事業服に艦内帽だよね、なんて読みながら思ったのだが、アニメでは重巡青葉の戦歴に従い褐色防暑服になっていた。それも非番で洗濯中だったらしく裸足だったのは泣ける。ちなみに水原上水、一種軍装の左腕に特技章がついている「マーク持ち」だった(普通科か特修科かは判別出来ず)。
などと書いていると、相当リアルな戦争アニメか?と思われるかも知れないが、上に書いた要素は長くてほんの数秒しか描写されていない(笑)。だが、解る人間には間違いなく解る。そういう要素があらゆるところに詰まった映画だ。例えば背景で描かれた建物や風景は、一軒一軒細心の注意を払って考証再現されている。手すりや街灯の色、形状含め。これも惜しみなく?チラッとしか画面に登場しないのだが、何も知らない人が見たら、明らかにスルーされてしまうような所まで考証されている。凄いを通り越して「恐ろしい」。
映画の内容自体は、NHKの朝ドラで描きそうな世界だ。戦前、戦中、戦後の市民生活。しかし、朝ドラ含む日本の映像で描かれた凡百の作品とは決定的に違うポイントがある。
それは、戦中に関わらず「軍隊はいけない」とか「戦争はいけない」と、真顔の登場人物が戦後の言葉で言ってしまうダサさだ!!リアルではないから一気に鼻白んでしまう。
優れた原作とこのアニメでは、そういう事は一切ない。結果的に鼻白まずに戦争のむごさが感じられるようになっている。この点、やはり空襲モノアニメとして素晴らしい出来の『火垂るの墓』と共通している。
『この世界の片隅に』は似た要素が幾つもある事から、どうしても『火垂るの墓』と比較してしまうが、登場人物を冷徹な観察者として(監督が人物を突き放して)描いた火垂ると、本作の登場人物と監督との距離感には差がある。本作の監督も観察者として描いているが、距離は近い。登場人物に寄り添いながら描いている様に感じた。そこが、全体を包む「何かほんわかとした」雰囲気作りに役立っているのだろう。私の印象では、原作者のこうの史代氏と監督の片渕須直氏は、殆ど同じスタンスで作品作りをしたように思う。
最後に、映画になって良かった大きな点に触れる。それはリアルな(だと思う)広島弁が聞けた事だ。私は東京に出て来て以来、何故かずっと広島弁と縁があった。今でも付き合いのある専門学校時代の友人は10人近く広島出身だった。その後にネットで知り合った友人、大学の担当教授と、皆広島のお国言葉を使う人達。その中でも、特に呉に近い所が出身地だった女性の使う語尾のイントネーションが映画で再現されており、大変親近感を持ってしまった。