東京に来て、視界の彼方に山が見えない関東平野の広大さを感じていたが、大学に来てからは高尾山系が視界の彼方に広がる事となった。
視界に山があると何か良い。
昔の光景と一緒で、落ち着くのかも知れない。
8/13に池袋新文芸座で一日だけ上映した『八甲田山』を、フリーランスになって一番古くからおつき合いさせて頂いているミー坊さんと観てきた。
地元が舞台の映画なので、かなり話題になっており「天は我を見放した」というセリフは子供達の間でも流行っていた。
私は小学校の頃はドイツ軍厨だったのでw、日本軍の映画はあまり観ておらず(というより邦画に興味がなかった)、初めて劇場で観た日本軍映画は中学の頃に観た『二百三高地』だった。
『八甲田山』も劇場では観ておらず、後にTVで放送したのを観たのみ。
それも30年以上前に一度きりなので、細部は憶えていない。

結果、劇場で観て良かった。
特にロングショットの雪景色は、大スクリーンでしか味わえないリアリティを感じた。
実際に青森でロケしているのが、地形、雪の降り方、雪の粒の形状で判る。
隙間なく降る雪の密度、横から殴りつける雪など、身に覚えのある感覚がよみがえった。
また、衣服に積もる雪も実物なのがよく判る。
実際の雪がどういうものなのかを肌で知っているだけに、雪がニセモノかどうかすぐに見分けがついてしまい、映画によっては興が削がれる事すらあるのだ。
この点、『八甲田山』は文句なしだ。
雪の美しさと凶暴さが良く表現されている。
私は高校の帰宅途中に「遭難しそうになった」事がある。
映画と同じ激しい地吹雪で、5m前を歩いている人が全く見えなくなり、あまりの強風で歩が止まる。
瞬きする度にまつ毛がくっつき目が開きづらくなり、鼻から漏らした息で鼻毛が凍って詰まったようになる。
次第に体の末端からビリビリと痺れが始まり、全く動けなくなった。
私はこの時、「雪に殺される恐怖」を味わった。
大げさではなく、実際に下校途中に感じたのだ。
私の高校では、冬にしばしばある激しい地吹雪を「南高(なんこう)ブリザード」と呼んで名物?だった。
市内の外れにある高校とは言え、平地でこうなのだから山ではどんな状況なのか想像がつく。
新田次郎の原作、実家にあった資料本、遺族が書いた事件検証本も読んでいるし、陸自9師団資料館にあるコーナーも見ているが、史実がどうとか言う前に「雪の説得力」だけでも十分な映画だった。
おまけに主役が大好物の高倉健と北大路欣也とくれば、何をか言わんや(笑)。
終盤の健さんの演技には、もらい泣きしてしまった。
今年も帰省しないので、劇場で青森の冬を感じた次第。
--------追記---------
さすが青森市出身だけあり、田崎潤の正しい津軽訛り(笑)が耳に心地よかった
比較的上手く訛りを再現していて驚いたのは前田吟
南部出身者が中心の5聯隊ではなく、津軽、秋田中心の31聯隊の兵士役として適切と感じた
緒形拳はヘタだったw
以下はどうでも良い事。
物語冒頭に5聯隊長、大隊長、中隊長が乗馬で営門を出るシーンがある。
この時の三國連太郎演じる大隊長が、衛兵にする敬礼(返礼)に注目したい。
(また敬礼の話かよwww)
この敬礼の手の仕草で、どんな人物像なのかがハッキリ判ってしまった。
つまり三國は、役柄の性格を敬礼ひとつで表現していた事になる。
簡単に言えば「偉そうな敬礼」なのだが、実際に見ても判る人にしか判らないかも知れない。
日赤従軍看護婦の体験記で、敬礼を練習したら「それは大佐級の敬礼」だと笑われた旨の記述があったが、この意味が判らないと、このシーンの敬礼も理解出来ないだろう。
偉そうでありつつ自分に絶対的な自信を持っている人物の、自然でリアリティを感じる敬礼に、作られた時代の良さを感じた。
今の俳優でこの敬礼を表現出来る人は、おそらく居ないだろう。
そういう演技の出来る俳優が居た、最後の時代の作品だった。
80年代以降の日本映画で、こういう感慨の持てる作品はどんどん減って行き、90年代以降は完全に死滅してしまった。