佐藤さん
一緒に訪ねた日蓮宗のお坊さん
釋一祐さんの宗教観に興味津々・・
佐藤さんの、農業に対する思いと
釋さんの宗教観が根っこの部分では繋がっている。

釋さんは、
「お寺でどんな説法をするよりも
農業を通じて、自然界における自分達の存在を知ることが
一番うまく日蓮さんの教えを伝えられる方法」だと考え
住職としてお寺でのお勤めをする傍ら
3年前から、ご自身が田んぼでお米をつくり

今年はお茶の栽培にも挑戦している。
佐藤さんの実践する自然農も
「
人間の輪廻転生があるのだとすれば、
自然にも同じようにそれがあって、
生命を終えた草花の亡骸は、大地に帰り
次の生命が育まれるために、その栄養になっていく。
人間は自然の一部だとすれば、当然共存しなくてはならない。



」
・・・という考え方。
種を蒔いた野菜の成長のために・・・と
雑草をとって、
ずっといたちごっこをしていくよりも
そこに存在している全ての植物と共存させることで、
よい土ができ、大地はどんどんふかふかになっていく。

その心地よい大地の中で、野菜もどんどん育っていく。
有機肥料さえも、いらない。
自然の力だけで作物を育てるのがベストの方法。
最近は山間の畑では 獣害も甚大だと聞いていたけれど
佐藤さんは、動物ともできるだけ共存するのだとか。
佐藤さんの畑には、もぐらの穴がたくさん!!




毎日、こんな風に自然と向き合っていると
いやおうなしに、宇宙から様々なメッセージを受け取るのだそう。
二人の話を聞きながら
つまるところ
人間も植物も その宇宙の摂理の元に生かされていて
農業も宗教も真理はひとつ

ということかもしれない・・・と思ったりする。
今回の震災は、まさにそのことを
これまで自然に手を加え続けてきた私達人間に
改めて教えてくれているのだろう。
佐藤さんは、ご自身の「農業ビジネスについて
こう言っている。
『農業に身を転じた初期から、食べていけないほどの苦労はなかった。
自分の野菜を取りたい、届けてほしい
という人たちがいてくれたから。
自分が作る野菜は、10軒の家庭に届けるのが精一杯。
それ以上のことをやろうとすれば、「自然」ではななくなって
どこかに歪が出てしまう。
1軒の農家が10軒分の野菜を作れば、日本の農業は成立するはず。
「もっと作ったら、もっと潤うのに。」
そんなことを言ってくれる人もいるけれど
必要なものに囲まれて十分、幸せに暮らしている。
自分は、これ以上のことを望んではいないし
これからもこのやり方を変えるつもりはないんだよ。
自分が作れる野菜の収量には限界はあるけれど、
真剣に自然農に取り組もうとする人たちに
その方法を教える。
そうやってきちんと農業を営んでくれる人がこの日本に増えていくことことが
自分の農夫として果たすべき役割だと思う。』
・・・と。

佐藤さんのおうちの周りは
人がいなくなって空き家になってしまった家が ポツリポツリと点在していた。
自分達でお掃除をしたら 十分に住める、昔ながらの住居。

野の花も美しくて、
水も湧いていて


こういうところでコミュニティが作られていったら
本当にすばらしいだろう・・・と思う。



震災前、農業の大切さこそずっとずっと考えてきたけれど
正直なところ、
「里山」のあり方、コミュニティについてなどということは、あまりイメージできなかった。
先日、「奈良」の山村にも行き(近々またブログにアップしますね)
同じことを本当に強く感じて帰ってきた。
311以降、自然界では、まだまだ色々なことがおきてもおかしくない状況になってしまったと思う。

東北の人達を含めた、私達の「食」を守るために
今、自分にできることのひとつ。
人間は自然の一部であることを
もう一度認識して
できれば、一緒に活動できる仲間をどんどん増やして
次のステージに進んでいきたいと思う。