「僕が中学生の頃には、摩亜耶と過ごす時間は天国だったが、別れの際は地獄だった。
そして幼児の頃は『約束の日』が楽しみで仕方がなかったのに、その日が来るのを怖くなってきた…。」
「とても良く解るわ。
私にもそんな若い時があったわね…。
恋をするほど臆病になっていくものよ。
山田さんと摩亜耶さんはきっかけは幼馴染みでも、それを恋愛感情に昇華出来たからこその悩みね。」
「塾長、その通りです。
お互いに愛してるからこそ、僕たちは未来を苦しく感じるようになりました。」
…まただ。また私の左胸がズキンと痛む。
恋する者の苦しみ…が、山田さんの言葉を通して、私は摩亜耶さんに自分を重ねてるのだな。そうに違いない。
だが、山田さんが摩亜耶さんを大切に思う言葉を述べる時に限って、私の動悸が激しくなるのは何故だ?人間の男性は精神を錯乱させる妖術が使えるのか?いや、だとしても何故私にかける必要がある?
「そして高校に進学する頃には別れ話を切り出した。
摩亜耶も意外なほど冷静に受け止めてくれました。」
…あれ…?
物語の一番悲しい場面なのに、今度は胸が痛くないのは何故…?
「婚約を解消してからも摩亜耶とは友達で居れると思ってた。
会いたい時に何時でも摩亜耶は村に居ると思ってた。
でも…。」
「山田さんに知らせずに全寮制の萌慎艶戯塾に入塾したと。」
「そうです…。
摩亜耶は村の男と一緒になると思ってました。
しかし、僕達の婚約の話が親の都合でまた再燃したのです…。」
「親の都合?
まさか政略結婚的な…かしら?」
「はい、摩亜耶の村の蜂蜜と、父の工場 が本格的に業務提携することになったのです。
それが村と一族の存亡の為なんだそうです。
それが決まった瞬間、人間社会を学ぶ為に摩亜耶はここに放り込まれた!
僕は父さんと養蜂工場に関係なく摩亜耶を愛してるのに!」
あぅ…!また左胸が…いや、私の心臓がズキンと…!
これ以上、山田さんの話を聞くのは無理だ…。
「でも、山田さん。
赤峰摩亜耶さんは村の掟とかじゃなく、貴方のことを解りたくて当塾に入塾を希望したとは思えなくて?」
真理亜塾長の言葉はいつも的を射ているな。
愛する人とその社会をもっと学びたくて萌慎艶戯塾に入塾する気持ち…それが摩亜耶さんの決断だったのだ。
ならば山田さんが黄昏羅漢塾に入塾を希望するということは…。
「僕だって妖精社会の勉強に命を懸ける覚悟です!」
続