文字通り相手投手の都倉さんをマウンドから引き摺り降ろした秋成。
主審は担架を要請したが、素人が頭を動かすには危険が大きく、地方球場のグランドに救急車が入るという異常事態を経て試合は再開された。
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「フォアボール!テイクワンベース」
六番、七番と、先輩達が連続の四球で歩いて満塁になっても、味方ベンチから野次は飛ばない。
加賀谷先輩辺りが緊急登板した二番手投手にノーコンだのビビりだの大声を張り上げそうだけど…。
山大付属の内野が集まり、背番号11の投手を励ます。
あくまで励ますだけだ。
そう、両校が急に静かになったのは、審判団の協議の結果、この試合を「警告試合」としたからだ。
次に何かあれば、審判の権限で没収試合とし、両校失格もあり得るのだ。
だが、審判団が出した警告はあくまで山大付属の「野次」であり、それに対する我が貴川西の玉野秋成の挑発的言動に対してだ。
警告により品行方正に試合は再開されたが、それは山大付属に取っては「迷宮入り」を宣告されたようなものだ。
そう、一介の高校球児が、相手ピッチャーの顔面を目掛けてピッチャーライナーを打ち分けられるはずがない…。
「そんなことはあってはいけない、これ以上この件を疑うな」
と、まるで選手や監督以上に、困惑した審判の声が聞こえてくるようだ。
疑念は残る。
秋成は第一打席でセンター前ヒットを打っても不満だった。
でも、第二打席でショートゴロ二重殺を打った時の方が遥かに喜んでいた。
確かにストイックな選手の中には、当たり損ねのヒットを喜ばずに、真芯で捉えたライナーの方を喜ぶ人も居るけど…。
その第二打席も、ファールで粘った末の二重殺だった。しかも直球は全て一塁側に流してのファール。球速が落ちるツーシームは三塁側に引っ張ってのファールだった。
一塁線、三塁線に狙ってファールを打てるなら、じゃあ、センター方向にピッチャーライナーを狙ってたのか?
しかも秋成は左打席で打った。「加減した」ってのは、確かに右利き選手の右打席の方がパワーが入るけど、右利き選手の左打席の方がバットコントロールが利く。
秋成に底知れない恐怖を感じたが、それ以上に秋成は底知れない寂しさを抱えてる様にも僕には見えた。
そして…。
「行けるぞ!玉野ゴーだ!」
満塁から八番真喜志先輩が犠牲フライを打ち、三塁走者の秋成がホームを踏み生還する。次打者の僕が迎えるハイタッチを無視して。続