「じゃぁ、私はこれで…。」
東瀬は野球部に顔出すことなく下校した。
表向きは「水を被ったから風邪を引かない為」だが、明らかに野球部を、そして玉野君を避けてるようだった。
「東瀬、ホントに大丈夫か?」
「大丈夫じゃない…けど…大丈夫って言わないと、慎太郎はバカだから私の家まで部活休んでついてくるでしょう?
駄目よ、レギュラーに片手がかかってる今が大事なんだから…。
大丈夫!文化部のミクとノノと一緒に帰るから!」
「うん、わかった。
東瀬が僕の活躍を願ってくれるなら、僕は部活に行くよ。
他の女子から『玉野君に二度と近付くな!』と脅迫されたとしても、僕が東瀬に…その…協力したいのは…誰にも邪魔させないから!」
「はいはい、熱くなり過ぎよ慎太郎!
ホントにあたしまで熱が出るから帰るね。
ミクとノノ待たせてるから。」
「あぁ、気をつけてな」
去り際に東瀬は小さな声で…。
「…惜しいな…『玉野君に二度と近付くな!って脅迫された』か…。」
「お、おい、東瀬!それどういう…。」
「ごめ~ん待たせて!ミク、ノノ、本屋寄ってこ!」
東瀬は知ってるの?僕は東瀬が他の女子と一緒じゃない時にしか話しかけられないことを…。
東瀬は気付いてるの?
僕は東瀬と玉野君の距離が開くことを少し喜んでしまったことを。
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「おい、一年!」
「コラ、一年!」
マネージャーの東瀬が休んだ途端、仕事は全部一年に押し付けられた。
滑り止めスプレーが切れただけで誰もがてんやわんやだ。
「先輩、僕のを使ってください」
「サンキュ金城!」
計測も記録も、一年が交代で役割分担してたが…。
「フリーバッティング」
この練習が始まった途端、初めてレギュラー組に配置された僕は「一年生」であることを免除された。
先輩投手がマウンドで自由に投げ、レギュラー組が打順の通りに自由に打つ。
一年生には憧れの練習であった。
また、控え組が守備でアピール出来る数少ない場でもある。
そして勿論、レギュラー組には玉野君も居る。
午後の授業に全く出ず、東瀬の姿を一度も見ないままに、平然と部活には現れた。
「…お願いします…。」
五番打者に設定された玉野君は、初球をいきなりフェンス越えの特大ホームランを打ち、練習にならないと言った表情だった。
そして九番の僕が三球連続でファールを打つと、タイムをかけた玉野君が自分の滑り止めスプレーを僕に渡した