「悪い。数学の柴田は嫌いなんだ。
けっこう投げたから、部活まで肩と肘を休める。
じゃな。」
五時間目の数学を休んだ玉野君。
「肩を休める」とか「数学が嫌いだ」とか言いながら、東瀬が来た途端に不愉快になったのは直ぐにわかった。
「ねぇ、六時間目は?」
僕たちの教室とは真逆方向に行く玉野君。
保健室で適当に過ごすつもりかな?
振り向きもせず「行けたら行く」と言って去ってしまった。
授業も部活もあんな態度じゃ、無事に進路を決めるどころか、卒業や進級も危ないんじゃないかな…。
「ねぇ、慎太郎…。
私、でしゃばりだった?」
「いや、東瀬も加わってくれていい練習になったよ!
流石はリトル時代のエースだよ!」
「そう?いや~私も久しぶりに熱くなったよ~。」
…僕は最低だ…。東瀬の「でしゃばり」は玉野君のお姉さんと婚約者さんの話を切り出したことを言いたかったと思う。
玉野君の不機嫌も、家族内のデリケートな部分に、まだ信頼を寄せてない東瀬に触れてほしくなかったんだと思う。
でも、自分の知らない所でお姉さんと東瀬が親しくなってたのが面白くなかったんだと思う。
そして…東瀬自身がそれを敏感に察知してた…。
だから僕はわざと話を「キャッチボールに参加した」にした。
僕はリトル時代の「ガキ大将・美由紀」に憧れる、鈍感で臆病な金城慎太郎でいいんだ…。
玉野君のことで東瀬が過剰に傷ついてほしくないよ…。
「なぁ、東瀬が女子ソフトボール部に入らなかったのは…。」
「あぁ、私は自分が投げるより、白球を追いかける「漢(おとこ)」が好きなんだなって。
じゃぁ、あたしトイレ行ってから教室入るから!」
「こら、女の子なら『御手洗い』くらい言えよ!」
「そういうのが面倒なんだよ…。」
****
数学の授業は二つ席が空いていた。
サボった玉野君とトイレから戻らない東瀬だ。
授業の半分が過ぎ、心配になってきたら…。
教室のドアが開いた途端、一番近い女子が悲鳴を上げる
「キャー!東瀬さん、全身ずぶ濡れじゃない!どうしたの!?」
「すみません…洗面所の蛇口が壊れて…。何でもありませんから!
ジャージに着替えてきますから、カバン取らせてください。
ごめんなさい!」
玉野君と仲良くキャッチボールしてたのを妬んだ女子達がトイレに閉じ込めて、バケツかホースで水を浴びせたのか?
その姿以上に、気の強い東瀬の心が完全に折れていたのが心配だ