これは偶然だろうか?
僕に「高く跳べ」とアドバイスした玉野君が、僕のライバルとなる井坂先輩と交錯した。
ランナーを立てた守備練習は、実戦を想定してるとはいえ、あまりにタイミングが良すぎだ…。
井坂先輩はたかだか放課後の部活で、ランナー役の後輩が試合さながらのスライディングを仕掛けてくるなんて予想せず、文字通り「高く跳ばなかった」。
布石はあった。
一塁走者の玉野君は大袈裟なリードを取り、盗塁の構えをアピールしてた。
投手の先輩は牽制に躍起になり、捕手の先輩は何回かボールを外にウエストして刺そうとしていた。
チーム全体がそういう実戦の雰囲気になった為、玉野君の悪質なスライディングを、「こういうこともあり得る」と思ってしまってた。
しかも、先に守備に就いた僕と玉野君は、先輩のスライディングをかわして、華麗な二重殺を完成させた後で二年生と攻守交代した後だったからだ。
井坂先輩は玉野君を責めなかった。
勿論、足の痛みもあっただろうが、練習ということに慢心してた自分の不注意だと言い、苦痛に顔を歪ませながら「気にするな」と玉野君に言った。
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疑念が晴れないままの翌日の昼休み、今日も僕は玉野君とキャッチボールをしていた。
「金城、捕手が二盗阻止の送球してきたら、捕球してタッチするのは二遊間の使命だ。」
玉野君は相変わらず淡々としていた。
須永、井坂の先輩コンビを負傷で欠いたことなんてまるで気にしていなかった。
「聞いてるか?」
「あぁ、ごめん…。」
「二遊間の選手がタッチに手間取ってセーフになったら、キャッチャーからしたら『折角いい球を送球したのに』ってなるんだよ。それには…。」
「それには?」
「送球を受けた二遊間は、グラブをベースの真下に身体全体で『落とす』これが最短距離だ。」
「確かに無駄に腕を振るとそれだけでロスだよね…。」
「パワーもスピードも野球センスさえも無い奴は頭を使え!観察しろ!最短距離で自分の力を最大限引き出す方法を見つけろ!
…ってな。俺が野球を始めるきっかけとなった先輩が言った言葉さ…。」
「で、玉野秋成の先輩にてお姉さんの婚約者は突然の事故でもうこの世に居ないと…。
遠くに行きたくなるわけだ…。
ねぇ、私もキャッチボール混ぜてよ!」
「東瀬…姉ちゃんがお前に話したんだな?」
「うん、この前つい長電話しちゃってさ~。」
この後、玉野君は午後の授業をサボった。