観客は登場を待ちわびていた。
本物のジオン=キャラガーが舞台に乱入することだけではない。
この劇団の看板俳優のグレミー=ヨルゲンセンだ。
元々は彼がアンナの相手役であり、数々の名作は二人の共演あってこそだった。
ジョン=カイザーという国王を補佐する立場の者が今作の主演を務めるということで、世間の注目を集めたが、元から劇団を贔屓にしている者は、この二枚目俳優のジョン=カイザー役に期待していた。
「ジョン=カイザーが出演するなら本人役でいいのでは?」
との思いは誰もが抱いたが、『義賊』として扱われるジオン=キャラガーを演じることにより、政治家として人気を得たいのだろう、という見方が多数を占めていた。
そしてこのグレミー・ヨルゲンセンが20も年上のジョン=カイザーを演じることで、役者としての幅を広げる挑戦もあったのだろう、との見方もあった。
メルベリ殿の隣でシスターフラウはそわそわしていた。
憧れのグレミーを観れるにしては興奮の毛色が違うのでは?
期待や羨望というより、不安や恐怖からの落ち着きの無さだ。
手に抱えてる荷物も気になる…。
まさか外でジオン兄さんと接触したか…?
いや、仮にそうだとしても16才の修道女に何が出来る?
警備兵を欺くような手引きをさせるならもっと他に居るだろう…?
****
四幕
観客が益々ざわつきはじめた。
丞相役のグレミーの登場が遅い。
四幕はジョン=カイザー丞相が剣抜き、逃げる二人の前に立ちはだかる所だ。
小細工は通じないと覚悟を決めたジオン兄さんも剣を抜く。
一対一の剣技はこの作品の最大の見せ場だ。
ミネルバ王女役のアンナが場を繋ぎ、最終5幕で南の海に臨む気持ちを即興の詩で表現していた。
そして…彼は来た。
舞台の上手から『ジョン=カイザー丞相役』として悠然とした歩調で二人の進路を阻んだ。
アンナもカイザー丞相も沈黙してセリフが出なかった。
ざわついてた観客も息を飲んで舞台を見守った。
かくいう私も言葉を失った。
だが一瞬で全てを理解してしまった。
…そうか、やはり本物のジオン兄さんとミネルバ王女はエーゲ海の孤島で幸せに暮らしてるのだな。
こんな所に来て予告状を出すはずがない。
『本物の白夜の海賊紳士』として予告状を出して騒がせ、俳優グレミーの代わりに今、舞台に立っているのは、我がスールシャール王国の王子、ハイネ=スールシャール三世王子その人なのだから…。
続