「友好が駄目だなんて言わねぇ。
ましてや平和を否定するわけでもねぇ。
だがこれだけは言える。
旧世界の崩壊は『幸せの麻薬』だ。」
「…幸せの麻薬…?
意味がわからないです!ジオン兄さん。
幸福を求めてはいけないのですか!?
旧世界は私達の社会より遥かに個人の自由が認められていたというくらい、無知な私だって知っています!
個人の幸せを追求しなければ世界は崩壊しなかったのですか!?」
思わず感情が高ぶって言ってしまった。
つまりジオン兄さんは私がロイとの幸せを求めずに、王国の為に殿下の妃になれば世界は安定するとでも言いたいのか…?
「リディア、じゃあお前が騎士になる前から、いや、俺達が物心ついた時から『戦争』を経験したか?」
「確かに…『世界平和』の名目でユトレヒト半島やバルト海方面に遠征したことはありますが、私達の国が戦禍になったことはありません。
せいぜい国に弓を引く反逆の組織を鎮圧するくらいで…。」
「そうだ。リーセ王国との友好は代々続いてる。
その結果、両国の現国王がともに病に臥し、世継ぎの王女と王子は身体が弱い。
これでもし、ミネルバとハイネ殿下の間に子供が生まれたらどうなる?」
「兄さん…まさか…?」
「『嫌われ者』のカイザー丞相だけは俺と同じ答えに気付いてたみたいだがな。
あぁ、ミネルバとハイネ殿下の二人は、長年の両国の『友好』の末に生まれた『禁忌』の関係だ!
何がなんでも婚約を破棄しようとしたのはそれだ。」
「……。」
「……。」
「ジオンより先に、父王様からそれに近い話は聞いておりました…。
私は市民の間で広まる『王家の呪い』程度の噂話と思ってましたが…。
先代も、先々代も両家の縁のある者同士で婚姻を繰り返せば…。」
「子を授かりにくい身体に生まれ、友好の面目、王家の存続のみを優先し、世間には出自を偽った王子や姫が後継ぎとなるっていう悪循環さ…。」
「キャラガー殿の言われたことは、旧世界の市民にも該当するのでは?
アンナ、ここから君の仮説を立てられるかい?」
「なるほど…。
キャラガーさんの言葉には本とは別の説得力があるよね…。
つまり、旧世界は市民の誰もが王族なみに便利な暮らしをしていた。
だから寒くて危険な外に出る必要が無くなり…。
子を生まないか近親の者と…!」
「あぁ、『神罰』が後か先かはわからないが、元々『極寒』の地の我々は『永遠の冬』を恐れなかったのさ」続