「ふぅん、これで『安奈(あんな)』と読むのか…。」
アンナ=アルフォンソ=パウエル教授は、自分のハンカチに刺繍された文字を見せた。
ロイは興味深く手に取り眺めていた。
私も難読文字の資料を幾つか見せて貰ったことがあるが、あまりにも複雑で種類が多くてとても理解出来なかった。
それにしても女モノのハンカチをまじまじと見詰めるロイは、あくまで学術的な研究にのみ、興味を示してるのであろう…。
いくら目の前の学者女が上手に裁縫しようが、ハンカチから良い香りがしようが…学者同士の会話のはずだ…と、思いたい。
「与えられた者だけで難読文字を判別、解読するなんて不可能さ。
僕は自分自身がアマテラスの民と難読文字の文化を、直接母から口頭伝承されたから主張してるに過ぎない。
だからこれから話すことは言い伝えを基軸としてるから確かな裏付けはないさ。」
学者女はどこか寂しげに語り出した。
「アマテラスってね…。
『太陽の女神』って意味なんだって。
太陽は東から昇るから、遥か東の島国に太陽を司る女神の住んでいてもおかしくない。」
「それはそうじゃが、太陽神の民間信仰なんか世界中にあるぞい。」
司教様のいう通りだ。
おとぎ話にしてはありふれているな…。
「でもね、その太陽の女神が、実は僕達の元女神様だったとしたら?」
「僕達?アンナ先生が信仰しているアスガルド教の女神ってことは…。」
「そう、ロイも昨夜観賞した『トールの槌劇』に登場する『豊穣の女神フレイア』だ。」
「おいおい、新作の宣伝か?王子である僕は一人じゃ劇場に行けないから、どうせならここで芝居をやりなよパウエル先生!」
「…ハイネ殿下には趣味を共有出来る女性が必要でしょうな。しかも身辺警護も出来る屈強な女性なら言うことない…。」
丞相め…。わざとらしく暗に私のことをあてがって…!
だが今までロイの事しか考えてなかったが、ハイネ殿下はロイとカイザー丞相に挟まれたこの状況をどう思ってるんだ?
「繁栄を誇るリーセ王国とスールシャール王国。
でも僕達が住む大地は雪深く極寒の地なのは、天が祝福してないからさ。」
「女神フレイアがアスガルドの地を捨てて極東に行ったから俺達は寒さに苦しむって?
それじゃまさか…。」
「そう、北の大地特有の天体現象『白夜』だ。
これは女神フレイアに逃げ出られたトール神が、妻の帰りを待つ為に夜を無くしたんだ。でもそれは神の不在だ。」続