「どうぞ…。」
濃縮された葡萄ジュースをロイに、冷ましたグロッキをハイネ殿下に淹れる。
皆が私を騎士のリディア=ロンドと気付いていても、私は気付かれていないように振る舞い、新人メイドのララァ=アノーを演じ切らねばならない。
わかっていても、お互いがわかっていないでやり通す。
それは騎士の私がこの会議場に居ることで服務規定違反にさせない為の、皆の配慮だと思いたい。
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「…甘いの好きなんだ?」
学者女がロイを見詰める姿は、祭りの席で男装していた面影は全くなかった。
この女もドレスの下はコルセットをしているのだろうか?
カイザー丞相が「そんな物を面倒だから着けるな」と言われて着けてないのだろうか?
「女みたいだって笑いたきゃ笑えよ。」
「…別に…。僕も筆が進まない時は無性に甘いモノが欲しくなるよ…。」
「パウエル先生でも、作品を上手く書けない時があるんですか?」
「そんなのしょっちゅうだよ。
発掘されたモノや、各地方に伝わる伝承から次の舞台のアイデアが浮かんでも、細かい台詞が全然決まらない時とかね…。
特にこの前の…。」
「パウエル先生、この場で言うのもなんだが…。」
「僕はアンナでいいよ。
その代わり僕もロイって呼んでいいかな?『シェルストレーム内務卿』って発音が難しいからね。」
ロイ…だと?
ふん、幾らロイが敬愛する学者兼作家先生とはいえ、今日挨拶を交わした女にファーストネームを呼ばせるなんて…。
「ん?あぁ、構わんよ。」
呼ばせるんかい!
どうせ私は歴史も考古学も理解出来るほど頭は良くない!
ロイの馬鹿!
「良かった。
じゃあロイ、遠慮なく何でも聞いてよ。」
くっ…。虫酸が走るな…。
「俺はアンナ先生の作品はどれも大好きだが…。『アマテラスの民』を取り扱った作品だけは突拍子もなく好きになれない。
あれこそお伽話で、『大破壊』とは何の関係もないだろう。」
「これは辛辣な意見をありがとう。じゃあロイはどうしてそう思うの?」
「遥か東の果ての島に住む『アマテラスの民』。
男は優れた剣術の腕を誇るだけでなく、高潔な精神性と匠の物作りの腕と併せ持つという。
小国ながら大陸の列強国と互角に渡り合った…。
こんなのは我がスールシャール王国の騎士の模範を示す為の創作に過ぎない。」
「ロイの様な意見が大半だろうね。
でもアマテラスの民が幻でない根拠は、僕の名前『安奈(あんな)』だよ」
続