「はい、出来たわ。
あの頭のいい馬鹿には、グツグツに煮詰めた100%葡萄ジュースよ。
いつもはグロッキを嫌がらないけど、ロイが激しく頭を使ってる時は、ハーブを入れずに、甘~い葡萄ジュースの方を好むの。
本人は気付いてないけどね。
そっちは出来た?」
「あぁ、エマ…先輩。
せっかく温めたグロッキを何故一度窓の外に…出したのですか?」
「ハイネ殿下は熱いのが苦手なのよ。
そのくせ直ぐに飲みたがるから、私が予め冷ましたのを持ってかないと、いつも舌を火傷してるの。」
「…エマ、お前は二人のことを良く知ってるのだな…私なんて…。」
「はいはい、悪い方向に考えないの!
私達メイドが安心して殿下にお仕え出来るのは、リディアちゃんが騎士団長としロイが内務大臣として毎日働いてくれてるからでしょう?
人にはそれぞれ役目があるのよ。
男と女にもね。」
「エマ、私はメイドに向いてないか?」
「当たり前でしょ!
まぁ、笑いは取れたと思うわ。
殿下もロイも、司教様さえも、肩を震わせながら吹き出すのを堪えてたの気付いてなかったの?」
「そ、そうだったのか?
完璧な変装だったかと…。」
「あらあら、知らぬは本人ばかりなり、か。」
「で、ではまさか…カイザー丞相も…。」
「リディアちゃんって知ってて、新人メイドって事を受け入れたに決まってるでしょう?」
「じゃあ、私と知ってて、至極当然に私の胸を…!」
自分の顔が真っ赤になるのがわかる。
昨夜は私のことを「騎士の仮装をした売春婦」と、わざと間違え、今日は私が本当はメイドじゃないと知りながら胸を…!
「やっぱり許せん!
斬り捨てる!
止めるなエマ!せめて一太刀…!」
「やめなさい!社交会の男女ってのは、子供のおままごとと一緒よ。それぞれ役を決めた演技で遊んでるだけよ。」
「演技?おままごと?」
「う~ん、リディアちゃんにはまだ早いかな?
じゃあ、リディアちゃんはチェスで負けたからって本当に剣を抜いたり軍隊を動かしたりしないでしょう?」
「当たり前だ!それはゲームの中の勝ち負けだ。」
「じゃあ、仮面舞踏会は何で仮面を着けると思う?」
「隠れてお忍びで行動するためだろう?」
「うん。でもね、声や衣服でどこの誰かなんてみんなわかってるわ。
でもそれを追及しない、それが大人のルールだからよ。
恥をかかされたからって、仮面を取って、家柄を明かしたら、その家は潰れるわ」続