三日目
「里中さ、社長がお呼びですだぁ。」
「あぁ、ありがとう。」
いつもの武井さんの方言と、二日酔いの頭痛が俺を現実に引き戻す。
俺はただ悠子社長の優しさと、社長の旦那さんの豪放磊落な人柄に守られてるだけで…。
自分の無力感を突き付けられ、改めて二人は「夫婦」という当たり前の「現実」を知った。
「コンコン。」
社長室のドアをノックすると、
「どうぞ。」
と綺麗な声が響く。
小さな広告代理店は、秘書がドアを開けるわけでもない。
オフィスとを隔てた「準備室」みたいなものだった。
だが、外に声が漏れない事に関しては十分だった。
「座りなさい。
緑茶よりもソル○ックやキャベ○ンの方がよさそうかしら?」
不敵な笑みを浮かべる悠子社長。
俺はこの社長の瞳を見ると、いつも冷静さを失う。
でもそれは社長の為に何とかしたくても出来ないもどかしさが原因なわけで…。
「昨日は珍しく飲んでたわね?
いつもウチの人が勧めても、ほどほどに断るでしょう?」
「原因は…社長が一番知ってるんじゃないですか?」
「あらあら、君を見てると、学生時代に教師になる夢を方向転換しといて良かったわ、っていつも思うわ。」
「どういう意味ですか?」
「世話の焼けるお子様は一人で十分。20人も30人もとても無理だわ。」
「…それって、『一人は』面倒見れるってことですか?」
「フフフ、里中くんてホントに面白いわね。
自信たっぷりなクセに弱々しい。
社会人として致命的だけど、違った魅力があるわ。」
「どうせ、社長と旦那さんみたいな理想的な家庭築ける大人になれないって言いたいんでしょう?」
「あら、主人もあれでけっこうお子様よ♪
で、こっからが本題よ。
これにサインして。」
「…『戒告書』?」
「取引先の社長の頭に花瓶の水をぶっかけて、このくらいで済むなんて、私って優しいでしょう?」
「はい、そうですね。次、同じことやったら解雇っていうリーチ宣言ですね…。
わかりました。
ここの同意の部分にサインですね。」
「…そんなに落ち込まないの。
社長として君に対する答えがこれよ。
でも…一人の女としての答えが…これよ…」
サインを終えて顔を上げると、悠子社長が口唇を重ねてきた。
ねっとりと絡まる舌と舌が漸く離れた時、
「私達、全然完璧じゃないわ。
里中くん、綾乃ちゃんとウチの人…もう何年も続いてるのよ…私だって一人の女よ」