二日目
俺は辞表の提出も覚悟してたが、社内はいつもと変わらない雰囲気だった。
唯一、武井さんだけはこっちをチラ見しては口を閉じる感じで、あからさまに
「昨日のことを口止めされてる」
のがまるわかりだった。
****
昨日の俺の行動は、もう殆ど「誘拐」だったかもしれない。
俺は社長の手首を掴み、無理矢理に車のキーを出させ、社長の車をスッとばした。
社長自身が「ストレス解消」という通り、高級車でのスピード違反は気分爽快だった。
それと同時にお互いに冷静になる時間を与えてくれた。
「私をどうするつもり…?
こんなことして、どんな結果になるかわからないわけじゃないでしょう?」
「んじゃあ、社長はどうしたいんですか?」
「…お願い、里中くん。
家に帰してください。
主人が心配してますから…。」
完敗だ。
年上キャリア女性の魅力をふんだんに振り撒きながら、最後には
「主人が」「旦那が」かよ。会社に戻して、じゃなく家に帰してと言われたら俺も一気に冷めた。
さっきまでは先方のエロダコ社長の
「悠子ちゃんも新人の頃は股を開けば…。」
の言葉に興奮しなかったわけじゃなく…。
「出来る女社長」も、家に帰れば奥さんの仕事やってんだな、と思えば何も出来ない俺だった。
でも…確実に俺が安全だと思った途端に
「ありがとう里中くん。
ごめんね、君をそこまで追い込ませて、社員を守れない駄目社長だよね…。
上司として君の行動は誉められないけど、一人の男性として…カッコ良かったよ。
私も一人の女性としては見てて気分爽快だったし…。」
社長宅の前で去り際に言うなんて反則だろ!
****
そして今日、俺は無言のままに定時退社するかと思ったが、意外な人物が会社を訪れ…。
「おお、里中くん!昨日は妻の悠子が世話になったなあ!
まぁ、焼き肉でも食いながら君の武勇伝でも聞かせてくれや。
」
単純な理由だ。
悠子社長の旦那さんはテレビ局の大物で、叩けば誇りが出そうな先方の社長に圧力をかけたらしい。
「武勇伝を聞きたい」とか言いながら改めて俺は自分の小物ぶりを知らされたわけで…。
「ええ~花瓶の水を~!?
普通は思ってても出来ねえのが人間だぁ~。
やっぱ里中さには憧れるだぁ~。」
「ちょっと、綾乃ちゃん。憧れるって言っちゃってるし!」
あぁ、俺のこんな話に本気で食いつくのは、人数合わせでついてきたこんな田舎ブスだけかよ…。