「おめでとうございます!王明(たかあき)さん。」
「ありがとう。全ては真利子(まりこ)君のおかげだよ…。」
「そんな…私なんていつも王明さんの足を引っ張ってばかりで…。勤勉実直な王明さんが昇進するのは当然です。」
「でも…出世すると少しだけ厄介なことがあるな…。」
「どうしたんですか?あれほど出世を望んでたからこそ、私も王明さんの検挙率アップに協力したんですよ?
胸を張ってエリートコースを進んでくださいよ!」
バイト先の店長の紹介で探偵の仕事に就いて五年。
何の取り柄もないドジっ娘な私の運命を変えたのは、警察官である能代王明(のしろたかあき)さんの存在だった。
警察官と言っても彼は毛色が違う。
組織犯罪や警察内部を調べる「公安」という部署に所属しているからだ。
公安の守秘義務は徹底していて、同じ警察同士でも捜査情報を交換しなかったり、家族にも居所を教えないこともある。
そんな捜査が要求される中で、公安の人間が民間の探偵を使うことは珍しくない。
そこで私は彼に出会った。
右も左もわからぬ小娘に王明さんは手取り足取り「社会の裏」を教えてくれた。
誠実で野心家で、時々子供っぽくて可愛くて…。
私は探偵と警察のイロハだけでなく、自分が女であることも、彼が男だということも教えて貰った…。
「…怖いんだ、正直言うと…。」
「何言ってんのよ!?組織犯罪の取締りからやっと解放されて、春からは内勤務めなんでしょう?警察官から警察官僚の第一歩の何が怖いの?」
「違う!これからは確かに要人警護とは名ばかりの、政財界の付き合いが中心になるだろうさ。
でも、俺が怖いのは、真利子と会えない日が増えることさ…。散々世話になったのに、真利子とのコンビもこれで終わりかと思うと…。」
「王明さん、でもそれなら…。」
その時の私は、何故か(プライベートのお世話をさせてください。)と、言えなかった。
ホテルのレストランで細やかな祝杯を挙げ、予約した部屋で結ばれて…。
26年生きてきた中で最高に幸せだった。
でも、その翌日。
一本の電話が私を地獄に落とした。
「はい、安藤探偵事務所です。はい、私ですが…?」
「あの…。こんな事言っても無駄かもしれませんが、貴女もうこれ以上、主人につきまとうのは止めてくれませんか?迷惑なんです!」
「貴女こそ一体誰なんですか?」
「能代王明の妻ですが何か?」
え?既婚者だったの…!?続