「おやすみなさい。」
「おやすみ、遅刻すんなよ!」
「うん…。嵐こそいくらまだ学校じゃないからって、朝はちゃんと起きてよね。
お母さん喜ぶから…。」
「あぁ、せやな。」
嵐は離れの研究室から自室で寝ることにした。
屋敷に戻る私を送る口実として、
「柔らかいベッドで寝たいから。」
と、私と一緒に歩いてくれた。
それは単純に嬉しかった。
研究室に二人でお泊まりにならなくて良かった(?)かな。
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るんの自室。
でも、聞かされた言葉は衝撃だった。
数分前。
「るん、お前は桜子叔母さんが言ってるように、『大恋愛』が理由で父さんと母さんが和歌山で蜜柑畑と養鶏場を経営することを選んだって思うとるかもしれんけど、何のことあらへん。
農学博士の父さんと獣医の母さんは、相野グループ以上に儲けれる研究に賭けただけや…。」
「にわかに信じられないけど…、雌鳥の鶏子ちゃんがダイヤモンドを生む可能性があるなんて…。
確かにそんな研究、相野グループやウチのライバル企業が見過ごすわけないわ!じゃぁ、あんな田舎に住んだのは…。」
「あぁ、目眩ましや。それは夫婦としてもな…。」
「つまり、春人伯父さんと静叔母さんは研究者同士だっただけってこと?」
「そうや…。物心ついた時から食卓は会議という名の研究発表会。
ご近所には母さんの親戚を頼った『学生農家』なんて揶揄されとった。『採算度外視の土いじりでも、それが大学からお金貰えていいわね』なんて言われとったわ。表向きの蜜柑も鶏にも一生懸命やないんは、プロにはわかるんやなあ。」
「で、でも嵐。二人が研究仲間の関係なら、何であんたが生まれたのよ?
お父さんとお母さんが愛し合ったその証拠は嵐自身じゃない!」
「世間体気にして生んだだけや!子供がおらんだけでどんだけ笑い者になるか都会者にはわからんのじゃ!
ほんで、何でも言うこと聞く息子という助手がほしかっただけや!」
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私は相野嵐という従兄弟をわかった気でいた。
大自然の中で育ち、蜜柑や雌鳥の鶏子ちゃんとともに生きた嵐だから両親の死を乗り越えて、麗香お姉さんや舞花に偉そうに言えたんだと勝手に思い込んでいた。
でも嵐の強さの動機は親への恨みと、普通の生活への妬みだということが今わかった。
これで舞花は嵐に一目惚れしたことはもう揺るぎない事実だろう。
二人は負の感情が似過ぎていた。
二人をお祝いしたいのに…涙が止まらない