閑静な住宅街。
空き地で遊ぶ少年達は、亜麻色の髪を赤いリボンで束ね、大きく裾が広がったドレスに身を包んだ少女に声をかけられた。
「おい、そこのお前ら。
この辺りに『川相ピアノの教室』というのがあるはずだ。
知っているなら案内しろ…。」
少女はきらびやかな容姿と幼い肢体とは真逆の命令口調で少年達に話しかけた。
普通なら初対面でそんな上から目線に腹が立つだろうが…。
「川相ピアノ教室は僕の家でお母さんが先生だよ!
君、新しい生徒?
一緒に行ってあげるよ!」
「…ほう、それは好都合。
わかった、案内しろ…。」
少年の中で一番大人しそうで、小太りな男の子が申し出た。
しかし、残りの少年は不満のようだった。
「待てよ、川相!
お前、これから俺達とゲーセンに行くって言っただろ!」
「…う、うん…。
でも、生徒さんが来ないとお母さんが心配するし…。」
「じゃあ、俺達のゲーム代お前が出せよ!」
(…こいつら…そういうことか…。)
「わ、わかったよ…。
これ少ないけど…。」
川相という少年が自分の財布を取り出そうとした時、少女はそれを制した。
「やめろ、払いたくない金を出す必要はない…。こいつらの様な男達は虫酸が走るが、お前みたいな弱虫は吐き気がする…。」
「何だよ!ちょっとお嬢様だからって調子乗りやがって!」
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「…片付いたぞ。
他愛もない。
川相とやら、案内しろ。」
「君、そんな小さくて可愛いのに強いんだね…。
そんな君が何で僕の家でピアノを?」
「あぁ、クラスの男子を二階の窓から放り投げたら、お母様にこっぴどく叱られてな。
サッカーを辞めるように言われたが、お兄様の提案で『お嬢様教育』としてお前のお母さんからピアノを習うことになったのだ…。」
「何それ?つまりお転婆の罰ゲームってこと~?」
「わ、笑うな!サッカーを辞めさせられるくらいなら、ピアノ叩く方がマシだ!
ホントはこんなヒラヒラした服なんて着たくないのに…。」
「ねぇ、僕も君にピアノ教えるから…。」
「ケンカのやり方は教えんぞ。
サッカーなら話は別だが…。」
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「素晴らしい!瑞穂!君にこんな隠れた特技があったなんて!」
「大袈裟です、監督。
それでもパーティーの余興にはなりましたか?
ホントにこの二曲しか弾けませんから。」
(あれから10年か…。
憶えたのは「英雄ボロネーズ」と「子犬のワルツ」だけだな)終