「…はい、はい…。
申し訳ございません、明美は先日、店を辞められまして…はい、ありがとうございます。
心よりお待ちしております。」
開店前に客からのシフト確認の電話。
ボーイの翔太が辞めて人手不足もある。
しかし、受話器を取り、明美が居なくても来店の約束を取り付けるのも瑠璃子の役目だ。
(頑張らなきゃ…。私は瑠璃子。
和夫はただの客なんだから…。)
「いらっしゃいませ。」
開店から一時間が過ぎた頃、職場で着る白スーツのまま、彼は来た。
「あ、兄貴…。こんな所に来てる場合じゃねえですぜ!
明美姐さんが行方不明だってのに…。」
「んじゃ、慎平、お前が探しに行け。」
「兄貴…。」
「兄貴、明美姐さんと別れたら、青龍会の後継ぎは…?」
「親父さんは、俺にも明美にも自由にさせてくれてる。
三郎、そんなに後継ぎが気になるなら、美里姐さんをお前が貰ってやりゃ、万事解決だろ!(笑)。」
「み、美里姐さんは俺みたいな半端モンは…。」
舎弟?後輩ホスト?と軽妙に話ながら和夫は来た。
周囲に目もくれず、真っ直ぐに瑠璃子だけを求めて。
昔から和夫は一つのことに集中すると周りが見えなくなる男だった。
「あぁ、瑠璃子さんには、上手く言えんが不思議な力を感じる。
理屈じゃなくて、俺の細胞が求めてる。
求めるなと言うほうがおかしいんじゃ。」
和夫の言葉には魂がある。
全然普通の言葉でも言われたら嬉しくなる。
それは和夫は「躊躇」という言葉が無縁だからだ。
「ホントに何処かで会ったことないか?」
「No.1ホストさんはけっこう古い手を使うんですね♪
それとも一周回ってこれが決めセリフなんですか?」
直ぐにでも「私は友子です。」と言いたかった。
しかし、それは和夫を、明美を、そして何よりも自分への裏切りと思い、言えない友子だった。
「俺にもよくわからん。
敢えて言うならニオイかな?」
「え?このコロン駄目ですか?」
「そうじゃない。ホントに…。」
と、言いかけた所で、
「おい、兄ちゃん氷こっちだ。
あと向こうのテーブルの空きグラス頼む。」
と、女を口説く手を休めて、客として来店したのに、平然とウェイターの手伝いをする和夫だった。
慌てて恐縮して頭を下げるマネージャーとウェイターだが和夫は気にしない。
思えば高校の文化祭で隣のクラスの準備に一生懸命だったね、と全く変わらない和夫を見て涙ぐむ友子だった。