身体の近くのピッチャー返しを、グラブのない素手の左手でキャチした秋彦。
しかもそのまま一塁に送球し、飛び出したランナーは戻れず、ライナーゲッツーが成立した。
愕然とする徳川実業。
打った氏家は膝から崩れた…。
「何なんだ!ここの一年は…!」
沈黙する徳川実業と対照的に、歓喜する北条学園ベンチ。
しかし、秋彦に駆け寄る高坂と、フェンス越しに絶叫する姉の真理亜が、一瞬で喜びムードを消した。
「素手で掴むなんて無茶を…!
いくら君のフィジカルが人間離れしてるとはいえ…。
左手を見せてみろ!」
半ば強引に秋彦の左手首を掴む高坂漣。
その瞬間、秋彦は苦痛に顔を歪める…。
「やはり…。
骨折してないのが奇跡ですよ…。
全く、僕よりバカな男は君が初めてですよ…。」
「へへっ、物心ついた時から親父にシゴかれてたからな…。
野球技術は漣ほどじゃないけど…、それでも人間業じゃないフィジカルでチームに貢献できるなら満足さ…。
まぁ、俺の姉ちゃんなら怪我もしてないんだろうけど…。」
「そんなことは今は関係ない!
勝負は九回裏。点差は二点!
秋彦の為に出来ることはわかってますよね?」
一年生ながらチーム全員に呼びかける高坂。
それは俺の役目と言わんばかりに、キャプテンの坂口が高坂の言葉の後に続く。
「いいか、打順は五番の俺からだ。九番の秋彦はもうバットも振れないほど手を傷めてる!
絶対に俺が塁に出るから、秋彦に打順が回る前にサヨナラで決めるぞ!」
『おお!』
(一年生二人のおかげで、あの徳川実業と最後まで接戦が出来てる…。
去年まではそれより劣る高校にコールド負けしてた俺達が…。)
「キン!」
と、やや芯を外した音とともに、五番キャプテン坂口の打球は、三遊間とレフトの間にフラフラと上がった。
見守るファンクラブの女子と聖バーバラの篠山五月も声を合わせて
「落ちろ~!」
と叫ぶ。
念が通じたのか、丁度誰もが届かない位置に落ちるテキサスヒットとなり、執念の出塁。
しかし、続く六番、七番は徳川実業の牧野が踏ん張り、ランナー坂口は釘付け。
最後の八番打者がピッチャーゴロに倒れ、ゲームセットかと思われた時、牧野の二塁送球が逸れ、セーフとなった。
二死一、二塁で打者は秋彦。次は高坂。
「仕方ない、秋彦に代打だ!」
「でも誰が?」
と球場全体が思った時
「代打あたし!!負傷の弟に代わって、姉のあたしが打つわ!」