八番氏家は右打ちだった。
先ほどの下間よりは秋彦のサイドスローを見極めやすいはずだった。
しかし、ホームベースを斜めに横切る変則フォームは、ストレートは速く見え、スライダーはタイミングがとり辛かった。
「ファール!」
五球目はスライダーにタイミングを合わせてフルスイングした。
しかし、ポールから切れた特大ファールだった。
レフトフェンス越しに見守る加納弥生からため息が漏れる。
どんな声援よりも、その悔しがった表情が、打席の氏家に力を与えた。
(…君がどうしてここまで応援してくれるか、俺にはわからない。
だが俺は君のおかげだ…。
相手校との勝負、チームメイトとの勝負。
しかし、それ以上に、君を見ていると、初めて妹とキャッチボールした日を思い出すぜ…。
もう一人の一年坊主…。
お前には悪いが、もう一本あの子にホームランを捧げさせてもらうぜ…。)
「ボール!」
(ハァ、ハァ。
これが徳川実業のスタメンの実力…。
あんなに練習したスライダーを簡単にあそこまで飛ばすなんて…。
失投は許されないな…。
しかも釣り球には全然乗ってこない…。これでツーエンドツー。もう遊び球の余裕がないよ…。)
(落ち着け、秋彦。
もう一球インハイだ。
しかもボール球だ。
外れてもまだツースリーだし、顔に近いボールは反射的に手が出るはずだ…。)
(駄目だ。きっと乗ってこない。
スライダーを投げたいよ…。)
初めてサインに首を振る秋彦。
緊張が両軍ベンチに走り、あれだけ騒がしかったファンクラブも聖バーバラの二人も、沈黙して祈るような気持ちで見守る。
それでも捕手の高坂は同じサインをもう一度出した。
仕方なく頷き、要求通りの球を投げたが…。
「ボール。」
氏家のバットは止まった。
カウントはツースリーとなり、追い込まれたのは秋彦の方だった。
八球目、九球目とストレートをファールし、10、11、12とスライダーをファールにする。
氏家はどちらの球にもタイミングを合わせる術を見つけたのかもしれない。
それでも打球が前に飛ばないのは、秋彦の気力かもしれない。
13球目もファールにし、14球目は遂に抜けたスライダー真ん中に来た。
待ってましたとばかりにセンター返しを心がける。
引っ張れなかったのはストレート待ちだったからか。
だが秋彦は自分の左を抜ける球を素手で掴んだ。
ランナーは飛び出し一塁に戻れずダブルプレイ。チェンジ。