九回表。
無死一塁。
打席は七番の下間。
キャッチャーのポジションについた高坂は、マウンド上の三好秋彦に、初級は…。
「ストライク!」
「いいぞ~!」
胸元から急激に曲がるスライダーを要求した。
左打者である下間にとって、秋彦の左のサイドスローは、背中越しの死角からボールが出てくるようだった。
「ボール。」
二球目はアウトローにストレート。
速球のスピードは先発の立花よりも遅いのは明らかだった。
しかし、変則フォームとスライダーとのコンビネーションが、球速以上に秋彦の球を速く見せるのだった。
ベンチの千石と徳川実業の監督はある仮説を立てた。
「やはり、この九回だけを凌ぐ程度の投手ということか…?
先頭の下間に対して左vs左をぶつけるのが目的のようだな…。
経験の浅い一年なら、必死に投球フォームとスライダーだけを練習してきたか…。」
得点は5-3。徳川実業にはリードしている余裕があった。
しかし、試合に出ている選手には、レギュラーを奪われまいと、余裕はなかった。
三球目。
秋彦のスライダーはやや真ん中よりに流れ、タイミングさえ合えば、オーバーフェンスしたかもしれない。
しかし、打者の下間は、ベンチの指示通り送りバントをした。
一塁、三塁が投球と同時にチャージを仕掛けてくる。
打球はやや、三塁よりに転がったが、捕手の高坂は、サードの坂口主将を制止し、
「任せて、セカンッ!」
と、左手でマスクを飛ばし、転がるボールを右手で掴むと同時に二塁に投げた。
「アウト!」
進塁を阻止する高坂の強肩は、外野手や投手としてだけでなく、ナインを統率する扇の要としても発揮された。
「いいぞ~!二塁で刺しやがったぜあいつ~!」
「高坂くん凄~い!」
北条学園側は一気に盛り上がる。
(秋彦、あと二人よ、頑張りなさい!)
真理亜はただ祈るような気持ちで観戦し、応援の声も出なかった。
ファンクラブが盛り上がるなか、朝倉柚子葉は
「三好くん、あと二人よ~!頑張って~!」
この試合で一番の声を上げた。
高坂漣に熱を上げる篠山五月はほっこりと安堵し、姉の真理亜と、親友の高坂は小さな苛立ちを覚えた。
「あ、朝倉さん…。今のは僕のファインプレイじゃ…?」
(あらあら、秋彦もやるわね。試合後が楽しみだわ…。)
一死一塁。
3ランホームランを打ってる八番氏家が、レフト側の加納弥生の声援を受け、打席に入る。