「秋彦…。立派よ…!
あんなに溌剌とした笑顔を見れるなんて…。」
四球で歩いた弟の姿に、思わず涙ぐむ姉の真理亜。
三好家の人間にとって、その価値は柔術の強さのみであった。
姉の真理亜ほど才能の無い秋彦は、常に俯きがちな少年だった。
父は秋彦が難関進学校の北条学園に合格しても喜ばなかった。
そして、野球部に入ったこと、高坂漣という友人が出来たことも父は喜びを示さなかった。
「…母さんも観にくれば良かったのに…。」
長年の不和と子供への教育を巡り、母は遂に家を出た。
しかし、全寮制の聖バーバラは、父に気兼ねなく母と会える利点もあった。
そして今日は久しぶりに弟と再会を果たし、その勇姿を見ることに成功したのである。
「真理亜、四球ぐらいで泣いてちゃ、弟くんと高坂くんに失礼よ!
高坂くんのバットで弟くんが生還する!その姿をしっかり見ときなさいよ!」
真理亜にとって野球部のユニフォームを着た弟を見れただけで幸せだった。
試合に出れた姿を見ただけで良かった。
今、ランナーとして一塁ベース上に雄々しく佇む姿は、逆に成長して自分の手を離れた事に寂しさを感じさせる涙であった。
「ごめんね、五月。私一人だったら、胸いっぱいになって最後まで試合を見れなかったかもしれないわ。」
「しっかりしなさいよ!弟くんだって、綺麗な真理亜お姉ちゃんが応援してくれてるから頑張れてんだからね!」
「うん…。」
****
「よくやりました秋彦…。
後は僕に任せてください…。」
初めて高坂の前にランナーが出た。
三点差があるとはいえ、徳川実業のバッテリーが警戒するのは当然だったが…。
「おいおい、お前達はそんな判で押したようなつまらない野球をするのか?」
高坂は送りバントの構えを見せた。無死一塁で一番打者なら犠打は当然だろう。
しかし、二本のホームランを打ち、中軸が打ててない今、高坂にバントを命じるのはあまりにも消極的だった。
「つまらない野球かどうかは僕が決めることじゃありません。」
捕手の千石は高坂のバントを素直に信じず、一球目は高めにウエストした。
しかし、ランナーの秋彦は盗塁の素振りもなく、高坂も微動だにしなかった。
二球目のモーションと同時に秋彦はスタートを切った。
高めのストライクコース。
バントの構えからヒッティングに切り替えミートした。
バスターエンドランは成功し、打球は一、二塁間を抜け、秋彦は三塁へ向かう。