「ミッチー…これって…?」
人妻のあずさは遂に家出して俺のアパートのドアをノックした。
感付いた息子の一樹からの陰湿な嫌がらせに耐えきれなくなったからだ。
しかし、一樹が母親に嫌がらせをするのは、実母の不貞を糾弾する「正義感」からではない。
男子中学生の一樹は「俺」が好きなのだ。
勿論、それはあずさに言っていない。
今は言う必要がない。
今はただ…。
「いつかこんな日が来た時に、渡そうと用意してた合鍵だ。
あずさの自由にしたらいい。」
嬉しさと安心感から大粒の涙を流すあずさ。
今までも彼女には何度も泣かれたことはあったが、行為の前後以外で泣かれたのは初めてだ。
「…もう主人と一樹が居る家には帰らないわ…。
ずっとミッチーと居る!
私、そう決めたわ!」
例えるならあずさは「迷子」だったんだ。
俺と一線を越える前から冷えきった夫婦により、家庭に居場所が無かったのかもしれない。
俺から言われた
「居てもいい。」
の言葉は、息子の家庭教師に抱かれる以上に彼女自身の存在を肯定するものだったかもしれない。
「本当なら…。」
「本当なら…?何?ミッチー。」
来た時よりも落ち着きを取り戻したあずさは、俺の言葉を聞き返した。
俺は母子そっくりな華奢な身体をキツく抱きしめ、言葉を続けた。
「『俺について来い』とか『一生傍に居ろ』って言うべきかもしれない。
でも俺は言えない。
不確かなことを言えるほど無責任じゃない!」
「悪いのは私よ…。ミッチーに迷惑かけないから…。
私をここに置いてくれさえしたら…。」
「…何て言ってきたんだ?」
「何も…。実家に帰るなり、ママ友とカラオケだろうと、理由よりも自分の晩御飯があるかどうかが大事な人よ…。」
「…そうか…。」
「あっ、ご飯って言ったら朝ご飯作るわ!
早朝に押し掛けたからまだでしょう?
うん、それよりお掃除が先ね♪」
行為の最中は常に歓喜するあずさだったが、終わればどことなく、陰のある寂しさを見せるあずさだった。
しかし、今、半ば強引に俺のアパートで家事をするあずさは本当に幸せそうだった。
それが砂上の楼閣であれ、彼女は居場所を求めたであろう。
****
「大学は11時からだっけ?」
「ああ。それにその後は一樹くんの家庭教師の日だ。」
「行くの?もう…必要ないじゃない…。」
「いや、俺は話をつける」
悪魔ゼパルは沈黙を守り通していた。