母親が俺との散歩から戻るまでに、お嬢ちゃんが帰宅してることを願ったが、無駄だったな。
全く、現代日本の受験戦争ってのはホントに深刻だな…。
お嬢ちゃんよ、手遅れになっても、俺を恨むなよ!俺は契約通り君のお母さんを守らなきゃなんねぇんだからな…。
「貴方、お話が。」
リビングでテレビを観てた父親に、母親が話しかける。
俺の予想が正しければ、この母親は自分の旦那を激怒させてしまうだろう。
「どうしたんだい?」
笑顔で振り向くこの父親に現時点で悪気はない。
「お義母さんのことなんです。
また私の知らない所であの子にお小遣いを…。
貴方からも注意してください!」
父親の笑顔が一瞬で硬直する。
やはり…。
「母さんは母さんの考えがあるんだろう。
孫が可愛いのは当然さ。
それで友達とも上手く行ってるなら構わないじゃないか?」
「羽振りの良さで寄って来る同級生なんて友達ではありませんわ!
お義母さんはわかってませんわ!
お金がなくとも…。」
「ガシャーン!」
「母さんと俺の苦労がわかるか!」
来た!自分の母親を否定された途端に、近くのリモコンを投げつけ、おっ始めやがった!
こいつの『NGワード』は母親だった!
「母さんが俺を歯学部に行かせる為にどんな苦労をして来たと思う!?
たくさんの男からチヤホヤされることしか能の無い、元キャバ嬢のお前に何がわかる!
あぁ、父親もどきの呑んだくれと、確かにお前は気が合いそうだからなぁ!?」
「ご、ごめんなさい!違うの、本当に孫の将来を考える祖父母なら…。」
「口答えするな!
私は我が子に同じ過ちを繰り返さない!
何不自由なく育てて、私の果たせなかった夢、歯学部ではなく医学部に合格させるまで…。」
マザコンに学歴コンプレックス、実父からの負の連鎖。
裕福な家庭の奥様もこれじゃ報われねぇな。
「そしてお前は財力と暴力で自分の論理を押し通すと。
力の無い女子供にだけにな!」
「だ、誰だ!?
どこから声が?」
「夢を忘れた大人は醜いねえ。
『あり得ない』と思い込めば、見えてるものを見ようとせず、自分で勝手に『話すわけない』と思い込んでやがる。」
俺は何もしていない。
お嬢ちゃんに話しかけるのと同じ様に『夫婦の会話』に口を挟んだだけだ。
だが『犬が話すわけない』と思い込んでるこの夫妻には、俺の声だけが響くようだな。
じゃぁ、これはどうかな?
「誰だ!幽霊か?」