悪人は常にその隣人に悪事を、善人は善事を行い、常に善人は善良な市民と隣に置きたいと思わないだろうか?
「確かにそうだ。」
ならば利益よりも害を受けることを欲する者があろうか?
「ないに決まってる。」
では私が青年を腐敗させるのは、私の故意か、その積もりがないからか?
「故意に、と私は敢えて主張する。」
驚きだねメレトス君。
君は若く賢明で、私より何が善で悪かを知っているのに、悪人の私が善である青年に自ら関わろうとすることは、私は善に影響されるという『被害』を受けるのではないかね?
私が悪人ならば、悪人のみから『利益』を受けるのではないかね?
こんなことは誰もが信じない。
私が故意に害を受けに行く者でない限り。
もし私が故意でなく、不本意で青年を腐敗させてしまったなら、君は秘密に私を読んで訓告と教示をするべきだった。
しかし、君は私に近寄ることも教示することもなく、教示より処罰をする場所に私を引き出したのである
アテネ市民の諸君、とにかくメレトスがこれらのことを心配してなかったのは明白である。
メレトス君、私が青年達を腐敗させるのは、国家が認める神々を認めないで、他の新しい神霊を信ずるように教えるから、と君はいうのだろうね?
「左様、断乎として私はそう主張する。」
メレトス君、ならば私は国家の認める神々を信じずに、何か別の信仰の神々を信じているのか?
それとも総じて私は神々を信じない者か?
「貴君は総じて神を信じないと主張する」
ならば君は、私が太陽の神も月の神も信じないというのか?
「君は『太陽も月も石と土だ』と主張している」
親愛なるメレトス君、君は自然科学者アナキサゴラスを訴えたいのか?
聴衆は君が馬鹿に出来ると思ってるほど無学ではない。この手の著作はオーケストラに行けば安価で買えるのだから、私が高説する必要も、青年がわさわざ聞く必要もない。
メレトス君、私はそれほどまでに神々を信じない人間だろうか?
「ゼウスにかけて。貴君は全然信じていない。」
信じられない人だねメレトス君。
思うに、君は高慢で放埒な人に見える。
「賢人ソクラテスは私の冗談と、私の自己矛盾を見抜くだろうか?
それとも私はソクラテスと聴衆を最後まで欺けるだろうか?」
と。
なぜなら君の訴状には自己矛盾が見受けられる。
「ソクラテスは罪ある者である。
彼は神々を信じないが故に、しかも神々を信じるが故に」と